二十二
携帯を見たら、富樫から電話が何度も入っていた。沙由理親子と会う時は携帯を切っていたのだ。
富樫に電話をした。
「一昨日から何度も電話してんだぞ、ちった、出たらどうなんだよ」と言った。
「こっちもちょっと用があってな。出られなかった」
「大した土産物じゃないけれど買ってきたから、明日、お前んちに行くぞ」
「分かった。それなら午後がいいかな」
「じゃあ、昼食ってから行くわ」
「分かった。来る前に電話しろよ」と言ったら、「携帯に電源入れておけよな」と言われた。
沙由理の母からもらった三十万円は、机の真ん中の引き出しの奥に突っ込んだ。
夕食は銀ダラの煮付けに、サンマの塩焼きだった。
銀ダラには刻み生姜が、サンマには大根おろしが添えられていた。
銀ダラの煮付けは父の大好物だったから、父が旨そうに食べるのは分かっていたが、きくも銀ダラを食べて「美味しいです」と言った。
また、サンマの塩焼きを大根おろしと一緒に食べるのが何とも旨かった。醤油を一滴ほど大根おろしに垂らして食べるのが、僕の好みだった。
サンマの塩焼きもきくは食べたことがなかったのに美味しいと言った。内臓も食べた。少し苦みがあるので、苦手な人もいるが、きくはそこも美味しいと言って食べた。
夕食後に風呂に入った。
きくに背中を流してもらうのが、心地良かった。風呂から出ると、自分の部屋に行き、アップロードしていたデータを整理した。整理したデータは、パソコンにも保存してあるがUSBメモリにも保存した。
段々、保存しているデータ量が増えてきた。ファイル名を上手くつけないと、見たい写真や音声がすぐに取り出せなくなっていた。僕は日にちごとにフォルダを作って、そこに写真と音声データを保存した。
一通りの作業が終わると、パソコンをシャットダウンした。
ベッドに入ると、きくも授乳を済ませて入ってきた。
「ききょうは眠ったか」
「はい、乳を飲ませたら、すぐに眠りました」
「そうか」
「今日は京介様はゆっくりできますか」
「ああ」
「疲れていませんか」
「ああ」
そう言ったら、きくは抱きついてきた。
「きくは、次は男の子が欲しいです」と言った。
水曜日は午前十時頃、起きた。
きくは掃除をしていた。
「きくは一人で掃除ができるんだ」と僕が驚くと「はい、お母上から教わりました」と言った。もともと、女中奉公をしていたのだから、掃除をするということは、きくにとって当たり前のことだったのかも知れない。
「お母さんは」と訊くと、「お祖母様のところに行くと言ってました」と答えた。
そうか、近いから、お祖母ちゃんのところにも行くのが楽になったんだな、と思った。それに伯父の家に行けば何かと気を使わなければならないから、施設に入ったことは、母にとっては良かったのに違いない。
沙由理の母から受け取ったリバーシブルのオーバーコートの包みを開けた。
手紙が添えられていた。
『この度はありがとうございました。お借りした服はクリーニングをしてお返し致します。何とぞ、よろしくお願いします』と書かれていた。
あの母の様子では、沙由理はもう僕と付き合うことはおろか連絡することもないだろう。それでいいのだ。黒金不動産と関わってしまった以上、僕のそばにいると危険なだけだ。あの母親の言うとおりにすればいいのだ、と思った。
午後になると早速、富樫から携帯に電話がかかってきた。
「これから行くけれど、いいかな」
「いいよ」
「じゃあ、十秒ほどで」と言って、携帯が切れた瞬間に玄関のチャイムが鳴った。
「玄関前でかけてたのか」と僕が言うと、「驚くと思って」と富樫は言った。
「さあ、入って」
「お邪魔しまーす」と言って富樫は玄関を上がった。
「まあ、富樫さん、いらしてたんですか」
「今、来たところです」
「そうですか。二階のリビングに上がってください」
きくの応対振りも様になってきた。
キッチンのテーブルの椅子に座ると、富樫の雪焼けはひどく目立った。
「富樫さん。お顔には何か塗っているんですか」ときくが訊いたくらいだった。
これには富樫も笑った。
「これ雪焼けなんです」
「雪焼けって何ですか」
「こんな顔になることです」
「そうなんですか。わかりました」
きくが真面目に訊くものだから、富樫が面白がった。
「富樫さん、お茶でいいですか」
きくは、まだお茶しか入れられなかった。
「いいですよ」
「待っててくださいね」
富樫はいっぱい袋を持ってきていた。
お茶が運ばれてきて、それぞれの前に出された。
きくが座ると、富樫はそれを待っていたように「これはきくちゃんへのプレゼント」と言って小さな包み紙を渡した。開けると、トナカイをモチーフにしたネックレスだった。
「ちょっと遅れたけれど、クリスマスプレゼント」と言った。
「わたしにくれるんですか」ときくが訊くと「そうだよ」と富樫は答えた。
「うれしいです。ありがとうございます」
「それからこれもあるんだよ」と富樫は何やら大きな包みを取り出した。
開けて見ると、結構な大きさの雪だるまのぬいぐるみだった。
「それはききょうちゃんにね」と富樫は言った。
「で、僕には」と僕が言うと、「はい、お饅頭」と言って、饅頭の入った包みを渡してくれた。
一応礼儀だから「ありがとう」と言った。
「これで終わり。後はどんなに楽しかったか、話してやるからな。何しろ、クリスマス・イブのスキー旅行だから、楽しくないわけがない」と富樫は話し出した。富樫が話し出すとキリがない。母が帰って来るまで、話し続けていた。