二十一
今日は、月曜日だった。仕事が終わると剣道場に行った。
西森と三十分ほど打込みの練習をして切り上げた。
「今日は早いですね」と西森が言った。
「ちょっと、疲れていましたね」と応えた
「大変な活躍ですものね、未解決事件捜査課は」と西森が言うと「そんなことないですよ」と応えた。
「いやいや、そう簡単にできる事じゃありません」と言った。
僕は笑うしかなかった。
「じゃあ、これで」と言うと更衣室の方に、僕は向かった。
家に帰ると、きくと京一郎と京二郎が出迎えてくれた。
「ききょうはどうした」
「今、塾に行っているところです」ときくが言った。
「ききょうは塾に行っているのか、知らなかった」と言うと「先週、話しましたよ」ときくに言われた。
「いつ」
「木曜日です」
覚えがなかった。オレオレ詐欺事件のことで頭がいっぱいの時だったかも知れなかった。
「もう、わたしだけでは教えられないので、秋桜中学に実績のある塾に通わせることにしました。これも話しましたよ」
「済まん。覚えていないんだ」と僕は謝った。
「わたしの言うことなんて右から左へなんですね」ときくにしては珍しく嫌みを言った。
「そうじゃないんだ。このところ、忙しかったから、つい忘れてしまったんだ」
「もう、いいです。それより、お風呂にしますか」
「そうする」
僕は寝室に鞄を置くと、スーツを脱いだ。
肌着とトランクス姿になると靴下を持って風呂場に向かった。
靴下を洗濯籠に入れると、きくが京二郎を連れてきた。
「京二郎もお願いしますね」と言って渡された。京二郎を裸にすると紙おむつはビニール袋に入れてゴミ箱に捨てた。
京二郎を床に座らせると、急いで肌着とトランクスを脱いで、洗濯籠に入れた。
京二郎を抱き上げ、脱衣所から風呂場の戸を開けると中に入り、京二郎の頭と躰を洗い、シャワーで流した。脱衣所で待っていたきくに京二郎を渡すと、僕はシャンプーで頭を洗い、石鹸で躰を洗った。シャワーを浴びて洗い流すと、僕は湯船に浸かった。
今日は何もなかった。久しぶりに楽な一日だった。
夕食は焼き肉だった。ききょうはまだ帰ってきてはいなかった。
「ききょうはいつ帰るんだ」と訊いた。
「九時に終わると言ってました」
「迎えに行かなくてもいいのか」
「わたしが迎えに行きます」
「いや、俺が行こう」と言うと「塾のある所、知ってますか」と訊かれた。
「いや、知らない」
「そうでしょ。もう、お風呂にも入ったし、ビールも飲んでいることだし、迎えぐらい任せてください」ときくは言った。
「そうか。じゃあ、甘えさせてもらうかな」
夕食が始まったのは、午後八時半だった。剣道があったから、少し夕食が遅くなったのだ。食べ始めて間もなく、きくは席を外した。ききょうを迎えに行くためだった。
肉を焼きながらビールを飲んだ。何となく、きくとききょうの帰りを待つ気分になっていた。京一郎はよく食べていた。
京二郎は寝室のベビーベッドで寝ていた。
九時になった。京一郎は「ごちそうさま」と言って、自分の食器と箸をキッチンに持って行った。
九時二十分になった。きくとききょうが帰ってきた。
「ただいま」と言って、ききょうがダイニングルームに入ってきた。
「塾はどうだった」と僕が訊くと、「とっても良かった。難しい問題の解き方がわかって、嬉しかった」とききょうが言った。
「そうか、良かったな。今日から行っているんだろ」
「そう。今日が初めてだったので、ドキドキしちゃった」
「何を教わっているの」
「英語と算数と国語」
「毎日、あるの」
「そうなの。五十分授業で、六時十分から始まって、間に十分の休憩があって、また五十分授業して十分の休憩後また五十分の授業をするの」
「大変だな」
「学校の授業より、ちょっとだけ長いかな」
「そうか」
「毎週、金曜日はテストなんだって。月曜日から木曜日にやった範囲から出題されるって言ってたわ」
「送り迎えが大変だな」
「そうでもありませんわ。これくらい平気です」ときくは言った。
「塾はどこにあるの」と僕が訊くと、ききょうが「歩いて十五分ぐらいの所」と答えた。
「近いんだな」
「近い所を選んだんですよ」ときくは言った。
「でも大きな塾よ」とききょうが言った。
「夕食はどうしている」と僕が訊くと「塾に行く前に食べている」とききょうが答えた。
「ふーん」
「あなた、ご飯をよそいますね」
「ああ、軽くな」
「わかりました」
僕ときくで焼き肉を食べて、夕食が終わった。
きくは夕食の片付けをしてから、風呂に入った。
僕は食べ終わると、テレビを見た後、寝室に行き、ベッドに入った。
風呂から出てきたきくが頭にタオルを巻いて、入ってきた。
「皆で夕食ができないだけで寂しいな」と僕は言った。
「そうですわね。でも、仕方ありませんわ」
きくはもうすっかり現代に慣れていた(「僕が、剣道ですか?」シリーズ参照)。
「ききょうが志望校に受かるといいな」
「それはそうです」
電気が消えると、僕はきくを抱き寄せた。
「今度は女の子がいいですか」
「まだ、産むつもりか」
「まだ、若いですもの。迎えに来る他のお母さん方は皆、わたしより年上ですわ」と言ってきくは笑った。
そりゃ、そうだろう、と僕は思った。きくはまだ二十五歳だった。
「近藤さんを使おう」と僕は言った。
「いいですわ。嬉しい」ときくは抱きついてきた。