小説「僕が、警察官ですか? 4」

三十一

 次の日、安全防犯対策課に行くと、メンバーは揃っていた。

 みんな僕の方を向いていた。昨日、妻の出産のために安全防犯対策課を離れたことを誰もが知っていた。

「おはよう」と言うと、全員が「おはようございます」と返してきた。

「昨日、妻が午前十時三十八分に男の子を無事に出産した」と言った。

 歓声が上がった。

「課長のお子さんですから、可愛いですよね」と並木が言った。

「心情としては可愛いが、顔は猿みたいだった」と言ったら、みんな笑った。

「課長の息子さんの出産祝いにカンパをお願いします。一人千円です」と鈴木が言って、みんなからお金を集め出した。

「いやいや、気遣いは無用だ」と僕は言った。

「何言っているんです。めでたいことじゃないですか。さあ、後は、時村さんと緑川係長ですね」と言った。

 二人もカンパに参加した。

「集まりましたよ。何がいいですか」と鈴木が訊いた。

「今日、妻に訊いておくよ」と答えた。

「じゃあ、明日、教えてくださいね。忘年会の時に渡しますから」と言った。

 そうか、忘年会があるんだった。

 

 お昼になった。近くのコンビニで弁当とペットボトルのお茶を買って、屋上のベンチに座った。

 コンビニの弁当には、当然だったが、ハートマークはなかった。少し、寂しい気がした。レンジで温めた弁当を食べた。きくの作ってくれる弁当の方が、遥かに美味しいと思った。

 ペットボトルのお茶も味気なかった。

 早々に食べ終わって、ペットボトルはペットボトル用のゴミ箱に、その他は燃えるゴミ用のゴミ箱に捨てた。

 

 午後は赤ちゃんの名前を考えていた。

 男の赤ちゃんだから、当然、京二郎なのだが、それでもいろんな名前が浮かんできた。安直過ぎやしないか、と思ったのだ。

 そうこうしているうちに、午後五時になった。安全防犯対策課のメンバーに「お先に」と言うと、黒金署の前でタクシーに乗って、病院に向かった。

 

 きくの病室の前でノックをした。

「どうぞ」と言うきくの声が聞こえてきた。

 ベッドの周りにはカーテンが引かれていた。

「あなたなのね」ときくが言った。

「ああ」と言うと「開けてもいいわよ」と言った。

 授乳をしている最中だった。

「この子、よく飲むのよ」ときくは言った。

 赤ちゃんはきくのおっぱいに吸い付いていた。喉が動いているのが分かった。

「体調はどうだ」と訊いた。

「心配いらないわ」ときくは言った。

「現代で産むのは初めてだから、面食らうだろう」と僕は言った。タイムスリップした時に、きくは江戸時代に二人産んでいる(「僕が、剣道ですか?」シリーズ参照)。

「そうね。病院で産むのは初めてですもの。何でも至れり尽くせりですよ」ときくは言った。

「そうだろうな」

「でも、楽です」ときくは言った。

「そうか」

「前は大変でしたもの」ときくは言った。

「そうだったな」

「わたしはもう大丈夫ですけれど、いつ退院できるんですか」と訊いた。

「五日間の入院だから、ちょうど一月一日かな」と僕は答えた。

「子どもたちの食事なんかはどうしてますか」と訊いた。

「母が面倒を見ている」と言った。

「そうですか。お母様は、午前中と、さっきまで子どもたちを連れて来てくださっていたんですよ」と言った。

「俺が来ることが分かっているので、気を利かせたんだろう」と言った。

「そうなんですね」

「それに夕食の支度もしなくちゃならないからな。大変なんだろう」と言った。

 実際に、そうなのかも知れなかった。子どもたちは食べ盛りだったからだ。子どもたちの好みに合わせるのは、難しいんだろうな、と思った。

「お母様は、大忙しですよね」

「そうだな」

「子どもたちはいろいろと好き勝手なことを言うから、大変でしょうね」

「そうだと思うけれど、母のことだから、張り切っていると思うよ」と言った。

「そうでしょうね」

「そうだ。忘れるところだった。安全防犯対策課のメンバーが贈り物をしてくれると言うんだ。六千円、集まっているんだが、何か欲しい物はあるか」と訊いた。

「六千円ですか。今度、来る時に、抱っこ紐があれば便利なんですけれど」と言った。

「それはかなり値段が張ると思うから、俺が買うよ。他には」と訊いた。

「だったら、哺乳瓶と、この前用意してくれたミルクがいいですわ」と言った(「僕が、剣道ですか?」シリーズ参照)。

「キューブ型になっているミルクだな。哺乳瓶と、それなら買えると思う」と言った。

「あれは便利でしたよ。あれなら使えますから」ときくは言った。

「そうか、じゃあ、そうする」と言った。

 きくとは一時間ほど話をして家に帰った。

 

 すぐに風呂に入り、子どもたちと夕食を共にした。子どもたちはすでに風呂に入っていた。

「おばあちゃん、明日はビフテキがいい」と京一郎が言った。

「わたしは煮物でも構わないわよ」とききょうが言った。

「お姉ちゃんだってビフテキ食べたいでしょ」と京一郎が言った。

「それは……」とききょうは黙ってしまった。

「いいわよ。明日はビフテキにしましょう」と母が言った。

「それなら、付け合わせもできる」と京一郎が言った。

「付け合わせ? どんなもの」と母が訊いた。

「ジャガイモとか人参とかブロッコリーをふかしたもの」と言った。

「ふかすの?」

「うん。そうするとホクホクして美味しいんだ」と京一郎は言った。

「やってみるわね」と母が言ったので、「ポテトサラダでいいよ」と僕が母に言った。

「でも、食べたいって言ってるじゃない」と母は言った。

「作ったことないでしょ」と僕は言った。

「作ったことはないけれど、なんとかなるわよ」

「お袋の作るポテトサラダの方が美味しいよ。慣れないことはしない方がいい」と僕は言った。

「そお」

「ああ、久しぶりにお袋のポテトサラダが食べたいと思っていたんだ」

「だったら、そうするわね。それでいいわね、京一郎」と母は京一郎に言った。

「パパがそう言うなら、それでいい」と答えた。

「お袋も大変だね」

「食べるものが違うから、作るのに一苦労するわ。おきくさんもよくやっていたのね」と母は言った。

 これで、明日はビフテキになった。今日のメインのおかずは焼き魚だった。