小説「僕が、警察官ですか?

二十九

 一ヶ月が経った。十二月も半ばを過ぎていた。

 剣道の稽古は十二月の上旬で今年のは終わっていた。来年は一月下旬から始まることになっていた。

 

 きくのお腹も大きくなっていた。

 島村勇二は相変わらず捕まらなかった。

 峰岸康子の母は入院して治療している最中だった。先進医療を行うことを決めたので、自己負担額は入院費を含めて五百万円を超えることになった。そこで、峰岸康子は銀行から自宅を担保にお金を借りることにした。取りあえず、五百万円借りて、不足分はまた借りることにした。これらは、岸田信子のメールで僕は知った。

 

 水曜日に黒金署に行くと、署長から呼び出された。副署長はいなかった。

「何でしょうか」

「取りあえず、その椅子に座り給え」と署長に言われた。

 僕は署長のデスクの前の椅子に座った。

「君の勤務先の希望は、自宅から通えるところだったよね」と署長は言った。

「そうです」

「それでうちの安全防犯対策課に配属になったんだよね」と署長は言った。

「そうです」

「これは内内示なんだが、来春、西新宿署の未解決事件捜査課の課長はどうかな」と署長は言った。

「一度は断ったところですよね」と僕は言った。

「そうだが、もう一度打診があった」と署長は言った。

「今度は断れないんですよね」と僕は言った。

「まぁ、断れば自宅から通えるところではないところに行くことになるだろうな」と署長は言った。

「安全防犯対策課はどうなるんですか。後任が決まっているんですか」と訊いた。

 署長はやや言いにくそうに「安全防犯対策課は来春、なくなる」と言った。

「そうなんですか」と僕は言った。

「もともと、君のために作られたような課なんだ。君がいなくなればなくなるのは当然だ」と署長は言った。

「メンバーはどうなるんでしょうか」と訊いた。

「緑川は秘書課に行く。時村才蔵は捜査一課三係に行く。岡木治彦は捜査二課に戻る。滝岡順平も捜査三課に戻る。鈴木浩一は捜査一課一係に行く。並木京子は交通課に行くことになっている」と言った。

「もうそれは決まっているんですね」と僕は言った。

「そういうことだ」と署長は言った。

「では、内内示を受けるしかないですね」と僕は言った。

「そうか。受けてくれるか」と署長は言った。

「はい」

「西新宿署の署長に連絡して、問題がなければ、内示になる。正式には、三月に公示される」と言った。

「分かりました」と僕は言った。

「話はそれだけだ」

「では、失礼します」と僕は椅子から立って、一礼した。

 そして、署長室を出た。

 今度は、未解決事件捜査課か、と思った。

 十月に行った時のあのどんよりとした雰囲気を思い出した。

 

 安全防犯対策課に戻った。

 防犯安全キャンペーンのキャラクターの募集の応募が結構集まっていて、その整理をした。締切りは今月末までで、一月にキャラクターを決めて、二月にそのキャラクターに基づくグッズやポスターを作り、三月に発表をして、来年度の四月から使うことになっていた。

 このメンバーとこれっきりだと思うと、感慨深かった。

「今年は忘年会をしないか」と言った。

「いいですね」と鈴木が言った。

「じゃあ、幹事長をやってくれ。費用は私が出す」と言った。

 きくの出産予定日は二十九日だった。気になったが、言い出してしまったのでしょうがなかった。

 三十日が安全防犯対策課の仕事納めの日だった。

 

 鈴木は早速、携帯で居酒屋に予約を取っていた。年末だから、どこも一杯だった。何箇所かに電話をかけているうちに一軒取れたようだった。

 携帯を保留にして「何時にします。ここから近いですよ。歩いて三十分ほどの所です」と鈴木は僕に訊いた。

「五時が終業時だから、五時半でいいだろう」と言った。

「五時半ですね。わかりました」と言って、携帯の保留を解除して「では五時半でお願いします」と電話先に言った。

 

 お昼休みに岸田信子から携帯に電話がかかって来た。

「来年の一月五日にお時間頂けますか」と言った。

「どうしたんですか」と訊いた。

「弟が峰岸康子さんと結婚するんです」と言った。

「それは急な話ですね」と言った。

「そうなんですけれど、峰岸康子さんのお母さんが動けるうちに、結婚式を見せたいと康子さんが言うものですから」と岸田信子は言った。

「峰岸康子さんのお母さんはそんなに悪いんですか」と訊いた。

「あまり良くないらしいんです。でも、すぐに悪くなるっていうのでもないようなんです。ただ、病院から出るのは、その日が最後かも知れないらしいんです」と言った。

「やはり良くないんですね」と言った。

「詳しくは聞いていないんですが、そう思います。峰岸康子さんがお母さんに結婚式を見せたいと言うのは、母一人子一人で育って来たからなんです。峰岸康子さんのお母さんが入院しているので、結婚式なんてと思われるかも知れませんが、病状を考えるとそうは言ってられないのでしょう。弟も早く結婚したいと思っているので、一月五日に式を挙げることにしたんです」と言った。

「と言うことは身内で結婚式を挙げられるわけですよね。お二人と、峰岸康子さんのお母さんとあなたが出るんですよね。他には出席者はいないんですか」と訊いた。

「いません。だから、鏡さんに出席してもらいたいんです」と答えた。

「私が行ってもいいのですか」と訊いた。

「鏡さんがいなければ、この話はなかったかも知れません。だから、お願いしているんです」と言った。

「妻の出産と重ならなければ、出席します」と答えた。

「奥様はご出産されるのですか」と岸田信子は訊いた。

「今月の二十九日が予定日です」と答えた。

「そうでしたか」と言った。

「でも、大丈夫です。一月五日なら、その前に生まれていますよ。私一人でいいんですよね」と確認した。

「ええ、こちらの勝手ですけれどその予定でいます」と言った。

「分かりました。予定に入れておきます。で、どこで結婚式を挙げるんですか」と訊いた。

御茶ノ水の近くがいいので、****ホテルです」と言った。

「なるほど、そうですか」

「正式な招待状は郵送しますのでよろしくお願いします。では、これで失礼します」と言って電話は切れた。