小説「僕が、警察官ですか? 4」

十九

 署長室に入っていくと、副署長も来ていた。

 署長は「まぁまぁ、そこに座りたまえ」とソファを指さした。

「失礼します」と言ってソファに座った。

「昨日は、大変だったね。それに大活躍だったじゃないか」と署長はご機嫌だった。悟堂の家が黒金署の管轄にあったから、誘拐犯の逮捕は、黒金署の手柄になっていた。ただ、誘拐されたのは、西新宿署管内だったから、取調は互いにということになったらしい。

「それでお嬢さんは元気にしているのかな」と署長は訊いた。

「はい。元気にしています。今日も学校に行きました」と答えた。

「そうか、元気にしているか。それは良かった」と言った。

 副署長は「どんな様子だったのか、詳しく話してくれないか」と言った。

 またか、と思った。

 仕方がないから、昨日あったことを、時を止めたことだけは省いて、大まかに話した。

「そうか、仲間を使って、仲間を呼び出したのか」と副署長は言った。

「そうでもしなければ、一網打尽にできないでしょう」と僕は言った。

「それはそうだな」と署長が言った。

「でも大胆にやっつけたものだな」と副署長が言った。

「別に大胆にやっつけた訳じゃあありませんよ。こっちは必死でしたから」と僕は言った。

「それはそうだな」と署長は言った。

「今度の誘拐を命令したのは、島村勇二ですよ。彼にこの件で逮捕状は出せないんですか」と訊いた。

「今、連中を取り調べている。そのうち、この件でも島村勇二に逮捕状は出せるだろう」と副署長は言った。

 署長と副署長とは、それから三十分ほど話して解放された。

 

 安全防犯対策課に戻ってくると、ホッとした。

「何でした」と緑川が訊いた。

「昨日の件を話せと言われて、話してきましたよ」と答えた。

 島村勇二を捕まえなければ、どうしようもないな、と思って、一昨日、やり残していた残り八十件のチェックをした。

 二十件は飲み屋や料理屋やレストランだった。

 出ない所は、全部で百四十六件だった。

 それらをパソコンで打ち込み、プリントアウトした。

「滝岡。電話番号から、相手を調べられるか」と訊いた。

 滝岡は「駄目ですね。電話会社にハッキングしても相手までは調べられません。もともとハッキングは違法ですけれどね。令状を取って、正規に要求しないと教えてもらえませんよ」と言った。

「そうか」

 せっかく百四十六件まで絞り込んだが、これが限界かと思った。

 その時、品川署の交通課の岸田信子の顔が浮かんできた。ダメ元で頼んでみるか、と思った。

 品川署に電話した。オペレーターが出た。

「黒金署の安全防犯対策課の鏡です。交通課の岸田信子さんをお願いします」と言った。

「ちょっとお待ちください」と言って、エリーゼのためにベートーヴェンが一八一〇年四月二十七日に作曲したピアノ曲)が流れてきた。

「替わりました。岸田です」

「鏡です。島村勇二の電話の連絡先が知りたいんです。そちらでは、捜査一課が凉城恵子の轢き逃げの件で島村勇二に逮捕状を出していますよね。電話番号のリストがあるので、そちらで、このリストを調べてもらえませんか」と言った。

「リストを送ってもらえますか。捜査一課の知合いに訊いてみます」と言った。

「ファックスナンバーを教えてください」

「******です」

「では、今から送ります。一旦電話は切りますね」

「そうしたら、わたしの携帯に電話してください」

「分かりました」

「番号は******です」

「では、ファックスしたら、こちらも携帯から電話します」と言って、電話を切った。

 百四十六件の電話番号をプリントアウトしたものに表題を書き込んで、岸田信子が教えてくれたファックス番号にファックスした。

 全部ファックスし終わったら、岸田信子の携帯に電話した。

「岸田さんですか」

「はい」

「今送りました」

「届きました」

「それを捜査一課の人に見せて、電話番号の相手を調べてもらえるように頼んでみてください」

「できるかどうかはわかりませんが、やれるだけのことはやってみます」

「お願いします。これで失礼します」と言って電話を切った。

 とにかく、今できることはした。

 やれるだけのことはやったという実感はあった。

 

 時計を見ると、もうすぐ正午だった。

 鞄から愛妻弁当と水筒を持って、屋上のベンチに向かった。

 今日はハンバーグをハートマークに型押して焼いたものが載っていた。ソースもハートマークでかかっていた。

 おかずは里芋の煮物にカニサラダだった。

 

 昼食を終えると、安全防犯対策課に戻った。

 その時、取調室から電話がかかってきた。僕に来て欲しいと言うのだ。

 僕は取調室に行った。ミラー越しに井上康夫がデスクの前に座っていた。

「奴がどうしてやられたのか、わからないって言っているんですよ」と刑事の一人が言った。

「奴は台所で確かパンを食べていましたよ。気付かれないように近づいて、後ろから首筋にスタンガンを当てたのです。だから、分からないのも当然ですよ」と言った。

「なるほど、そういうことですか」

「ききょうを誘拐したことは認めているんでしょう」

「ええ」

「それじゃあ、問題ないじゃないですか」

「そうなんですけれどね。奴だけじゃなくて、他の六人もどうしてやられたのか、わからないって言っているんです」

「だから、それは奴らが持っていたスタンガンを使ったからです。私はスタンガンを見つけると、奴らに見つからないように近付いて、スタンガンで気絶させたんです」

「明日、現場検証をするので立ち会ってもらえますか」

「いいですよ。でも、ききょうは駄目ですよ」

「それは構いません。ききょうさんの役は誰かにさせますから」と言った。

 現場検証は黒金署がやるようだった。

 黒金署としても、久しぶりに大きな事件を扱うことになったのだ。

 僕は安全防犯対策課に戻った。