小説「僕が、警察官ですか? 2」

四十五

 西新宿署から自宅まで歩いて帰った。途中で、携帯で少し遅くなった旨を知らせた。午後六時半に自宅に着いた。

 玄関には、きくとききょうと京一郎が出迎えてくれた。心理的に疲れていた僕には、この瞬間がどれほど心安まることか。

 寝室できくが着替えを手伝ってくれる時に、「あら、どうしてこんなところにひょうたんが入っているんでしょう」と言った。僕は慌てて、「それはお守りなんだ。取調の最中はずっと持っていた」と言った。

「そうですか」と言ったきくは「お風呂にしますか」と訊いた。

「そうだな、そうしよう」と答えた。

 京一郎が一緒に入りに来た。

 京一郎の躰を洗って、風呂に浸からせ、シャワーを浴びせると、脱衣所に送り出した。

 その後でゆっくりと湯に浸かった。

 芦田勇からは自供が取れた。後は、細かな裏付けを取り、自供に誤りがないか確認するだけだった。しかし、この自供に誤りがないことは僕がよく知っていた。僕の頭にある映像通りに、芦田はしゃべっていたからだ。その時、芦田の頭にも同じ映像があやめによって流されていた。だから、自供が齟齬するはずがないのだ。

 僕は風呂から出ると、リビングでビールをきくにコップに注いでもらって飲んだ。美味かった。生き返る気がした。

 

 夕食を済ませて、早めに寝室に行き、ベッドに倒れ込んだ。一眠りした。起きてみると、まだ午後十一時だった。

 隣できくが眠っていた。時を止めて、ベッドを抜け出すと、ズボンのポケットからひょうたんを出して、リビングルームに向かった。

 長ソファに座ると、ひょうたんの栓を抜いた。

 あやめが現れた。

「今日はお疲れ様」と僕は言った。

「主様のご命令ですから、何でもしますが、さすがに大変でしたよ」とあやめは言った。

「そうだろうな」

「だったら、ご褒美をください」

「こっちに来るといい」と言うと、あやめは僕に抱きついてきた。口を合わせたかと思うと、僕の躰の中に入り込んで交わっていた。僕が射精をすると、それを吸い取り、「美味しい」と言った。僕は念のため、シャワー室でシャワーを浴びた。

 それから、食器棚からグラスを出すと、冷蔵庫から氷を取り出して入れて、ウイスキーを注いだ。それを一気に飲んだ。胃がかーっと熱くなった。

「空きっ腹にお酒は良くないって、おきくさんに言われているでしょう」とあやめが言った。

「確かにその通りだ。もうこれだけにしておく」と僕は言って、ウイスキーのボトルをしまった。

「あやめ、ひょうたんに戻れ」と言うと「はーい」と言ってひょうたんの中に消えた。僕はひょうたんに栓をすると、ズボンのポケットに入れた。

 それから、ベッドに入った。そして、時を動かした。

 きくが起きた。僕の酒の匂いを嗅いで、「ウイスキーを飲まれたのですか」と訊いた。

「一杯だけ飲んだ」と答えた。

「起こしてくだされば良かったのに」ときくは言った。

「何か食べましたか」

「いいや」

「空きっ腹にお酒は毒ですよ。何か食べさせてあげれば良かった」ときくは残念そうに言った。

「いいんだ。もう眠るから」と僕は言った。

「そうですか」

「ああ」

 そして僕は眠った。

 

 次の朝、午前八時に黒金署の署長から電話があった。

「おはようございます。何でしょうか」と言った。

 署長は「おはよう。鏡君だね」と言うので、「はい」と応えると、「今日は、黒金署に来なくてもいい。午前九時までには、西新宿署の捜査本部に行くように」と言った。

「分かりました」と言うと、電話は切れた。

 もう朝食は食べ終わっていたので、着替えをすると、出かけるだけになった。西新宿署まで歩いて三十分ほどだった。

 早めに着いた方がいいと思ったので、午前八時十五分に家を出た。

 

 午前八時四十五分に西新宿署に着くと、エレベーターで八階に上がっていった。

 捜査本部の本部席には、もう捜査一課長も管理官も来ていた。僕は鞄を隅の席に置くと、本部席に向かった。そして、捜査一課長と管理官に「おはようございます」と言った。二人も「おはよう」と返した。そして、捜査一課長が僕に対して、「今日から君に芦田勇の取調官をやってもらう。黒金署の署長にはすでに話は通してある。しっかり頼むよ」と言った。そして「取調は午前九時からだから、すぐに取調室に行ってくれ」と言った。

「分かりました」と僕は言った。

 ズボンのポケットにひょうたんがあることを確認して、取調室に向かった。

 

 僕が取調室に入ると、すでに芦田勇は椅子に座っていた。

 僕は机を隔てて椅子に座ると、マイクに向かって「二〇**年**月**日午前九時〇分。これから取調を開始します」と言った。

 芦田勇の自供の細部を詰める作業が中心だった。レシートや売上伝票から分かる日付や時間を確認していった。芦田が退屈そうにしていると、あやめに言って記憶を蘇らせた。芦田は素直に自白していった。

 午後になると、DNA鑑定の鑑定結果が届いた。今度はこれを基に取り調べることになった。

「まず、小さなショルダーバッグからですが、あなたの毛髪を除いて、四種類の別人の毛髪が見つかりました。DNA鑑定の結果、それが誰のものか分かりました。まず、一つは二番目の被害者、子鹿幸子さんのものだと分かりました。次に三番目の被害者、水沢麗子さんのものでした。そして、もう一つは、六番目の被害者、秋野恵子さんのものでした。そして最後は七番目の被害者の西沢奈津子さんのものです。これで、西秋田市、北府中市、新宿区で起きた七件の絞殺事件が同一犯であることが実証されました」

「俺が七件ともやったんだから、DNAが出て来てもおかしくはないよな」と芦田は言った。

「そうですか。DNA鑑定については、まだあります。目出し帽です。目出し帽から、四番目の被害者である渋谷恵子さんの毛髪が見つかり、DNAも一致したそうです」と僕は言った。

 芦田は「そうか、それはあの時付いたんだな。あの女の髪の毛の匂いを嗅いだ時だ」と言った。

「そうなんですね。渋谷恵子さんを絞殺した時に、髪の毛の匂いを嗅いだんですね」

「そうだよ。俺は目出し帽越しに女の髪の匂いを嗅いだ。いい香りだったなあ。それから、その女をさらに木陰に引きずり込んで首を締め上げたよ。堪らなく興奮したよ」と言った。

「そうですか。それから、皮手袋からですが、最後の被害者である西沢奈津子さんの尿の成分と一致することが分かりました」と言った。

「そうそう。あの女は西村香織によく似ていたからな。失禁しているのがわかったので、触って匂いを嗅いでやったぜ。堪らなかったな。とても興奮したよ。あの皮手袋の匂いを嗅ぐ度にあの女を絞め殺しているような感じがしたもんだぜ」と言った。

 僕は次の質問に移った。

「では、あなたの犯行時の精神状態についてお聞きします。あなたは犯行時、クスリを飲んでいましたか」

「そんなの飲んでいるわけがないだろう」

「では、お酒は飲んでいましたか」

「飲んではいない。酔っていては、あの興奮は味わえないだろう」

「つまり、あなたは、犯行時、クスリもお酒も飲んではいなかったのですね」

「そうだ」

「あなたの犯行は計画的でしたか」

「緻密な計画に基づいてやったさ。そうでなければ、七人も殺せないだろう」と芦田は言った。

「どういう計画ですか」と訊いた。

「まず、女の帰るルートを確認し、自宅まで突き止めること。そして、必ず女が公園を通ること。その公園で待ち伏せできる所を見付けること。次に、同じルートで帰ることを次の日に確認すること。もし、ここで変わるようなら、深追いはしない。これで犯行日を待つ。もちろん、犯行日は次の日だ。日を置かないことも重要なのだ」と芦田は言った。

「どう重要なのですか」と僕は訊いた。

「状況とは常に変わるものだ。日を置けば、その危険性が高くなる。せっかく下見をしても無駄になる。それに天気だ。日を置いて、雨にでも降られれば、計画を立て直さなければならなくなる」

「雨天では都合が悪いですか」

「そりゃあ、悪いだろう。こっちは自転車で移動してるんだ。それに公園で襲うときに、傘が邪魔になる。足元もぬかるんで、絞殺しにくくなる。いいことは一つもない。雨が降れば絞殺はしない」と言った。

「なるほど。次に動機ですが、ずばり言います。性的欲求からですね」

「何だと」と芦田は言った。その芦田に興奮している映像を流し込んだ。

「最初の相手は、継母に似ている人でした。次は上司の西村香織さんに似ている人を被害者に選んでいます。これは、かつて、継母の首を絞めた時の興奮が忘れられなかったのではないですか。そして、あなたは、被害者を絞殺する度に興奮するようになった。違いますか」

「そうだったら何だって言うんだよ」

「あなたは自制することができないのです。それは動機が性的興奮にあるからです。あなたが、紙おむつを使用しているのは、絞殺する時、射精するからでしょう」

「違う、違う、違う」

「では、紙おむつを着用するどんな理由があるのですか」

「それは……」

 あやめに映像を流し込むように伝えた。すると、芦田が震えた。興奮している時の自分を思い出したからだ。紙おむつの中に射精している自分を見ていた。

「そうだとしたら、何だと言うんだ」

「そうなんですね」

「そうさ、射精していたよ。女の首を引き絞る度に、堪らなく興奮して射精をしたよ。それがどうしたっていうんだ」

「いえ、それで結構です」と僕は言った。

「ところで、あなたは右利きですか」と僕は訊いた。

「俺は左利きだ」と芦田は答えた。

「そうですか。最初の犯行以外では、右手で被害者の口を塞いでいるので、普通は右利きかと思いますよ」と言うと、芦田は「犯行を実際にやってみれば分かるが、口を塞ぐ方が、ロープを首にかけるよりも簡単なんだよ。だから、二番目以降は、右手で口を塞ぎ、左手でロープを使ったんだよ。こんな簡単なこともわからないのかよ」と言った。

「いえ、勉強になりました」と僕は言った。僕は芦田の口から、左利きだということを引き出したかったのだ。

 その後も細かな点で、やり取りはあったが、芦田勇は概ね認めて、その日の取調は終わった。

 そして、数日、僕は取調を行い、取調調書に拇印を押させた。

 芦田勇の取調は検察に移った。

 検察の取調も順調に進んだ。

 そして、秋には、裁判員裁判が行われることになった。

 判決はすぐに出た。

 主文。被告人を死刑に処す、だった。