小説「僕が、警察官ですか? 2」

四十四

 僕は取調室に入ると、芦田の座っている机の前の椅子に座った。

 僕は時計を見て、「二〇**年**月**日、午後三時四十二分、芦田勇に対する取調を再開します」と言った。

 芦田は「あんただ。あんたでなければ、俺の気持ちはわかってもらえない」と言った。

「そうですか」と僕は言った。

「では、秋野恵子さんの殺害の状況について、供述してください」と続けた。

「さっきまでのように話してくれよ。それで俺もその時のことを思い出していたんだから」と言った。

「ええ、そうしてもいいのですが、それでは、供述を誘導しているように思われるでしょう。あなたの口から供述してもらえるとありがたいのですが」と言った。

「それじゃあ、前の取調官と同じじゃないか」と芦田は言った。僕はひょうたんの中のあやめに、芦田に映像を送るように指示した。

 芦田は呻くような声を出した。

「思い出したようですね。では、訊きます。いつ、どこで秋野恵子さんに会ったのですか」

「あれは、確か、昨年の五月の初めの八時頃だった」と言った。

僕は、「二〇**年**月**日五月七日月曜日、午後八時半頃ですね」と言うと、芦田は「そうだ」と言い、「西新宿公園でベンチに座り休んでいると、目の前を西村香織に似た女性が通り過ぎていったんだ。それが秋野だった。彼女は携帯を見ていて、跡をつけている俺には全然気付いていなかった。女は公園を横切って通りに出て、しばらく歩くと、マンションに入って行った。三階の真ん中の部屋だった」と続けた。

「どうして三階の真ん中の部屋だったと分かったのですか。まさか、マンションの中までつけて行ったわけではないでしょうね」

「まさか。女のマンションは、外廊下だったんだよ。だから、外の通りからでもその女が入って行く部屋が見えたのさ」と芦田は言った。

「それからどうしました」と僕は訊いた。

 芦田は「西新宿公園に戻り、待ち伏せできそうな所を探した。あの女が通った通路の途中に一箇所だけ木陰があった。狙うにはそこしかなかった」と答えた。

「そして、次の日も、同じ所を通るのか確認したのですね」と言うと、芦田は「そうだよ。明日も同じ時間にここをあの女が通るようなら、その次の日に犯行をしようと思ったよ」と言った。

「で、その二日後、正確には二〇**年五月九日水曜日に犯行に及んだのですね」と僕は言った。

「そうだ。その日が来た。退社時間が来たので、自転車で自宅に帰った。そして、着替えをして、公園に向かったんだ」と芦田は言った。

「ちょっと、待ってください。そこを詳細にしましょう。あなたは、肌着にポロシャツを着て、紙おむつを着けて、ジーパンを穿きましたね。そして、目出し帽と皮手袋とハンカチとロープを用意した。ハンカチとロープと目出し帽は小さなショルダーバッグに入れて袈裟懸けに肩からかけ、手には皮手袋をしました。そして、下駄箱から洗ってある運動靴を取り出して履いたのです。午後七時四十分に部屋を出て、駐輪場に降りて行き、自転車に乗って西新宿公園に向かって行ったんですね」と言った。

「その通りだよ」と芦田は言った。

「西新宿公園には、何時何分に着きましたか」

「午後八時二十分だった。午後八時半の十分前だったよ」と芦田は言った。

「それからどうしました」

「女が歩いてくる方に自転車を進めて、遠くに彼女を見付けた。そこで、先回りをして、公園の入口に自転車を止めて、彼女を襲える場所に向かったんだ。そこで、目出し帽を被り、右手にハンカチを、左手にロープを持って待っていた。そのうち、女の姿が遠くに見えた。女は携帯を見ていた。女の周りには人はいなかった。俺は隠れている木の前を女が通り過ぎた時、その背後に周り、後ろから口をハンカチを持った右手で塞いだ。そして、林の中に連れ込んだ。女は激しく抵抗したよ。楽しかったな。これが堪らなかった。俺は女の首にロープを巻き付けた。もう、声が出せない。口を塞いでいたハンカチをジーパンのポケットに入れると、両手でロープの両端を持った。これから締め上げるんだ。手に力が入ったよ。俺は興奮していた。そして、ロープを締め上げた。女の息が途絶えるまで、絞め続けた」

「そうですか。それからどうしました」と僕は訊いた。

 芦田は「当然、女の死亡したことを確認したよ。確認すると、その場を離れなければならない。目出し帽を脱ぐと、自転車の置いてある場所に向かった。自転車を見付けると、前籠に入れてある小さなショルダーバッグに目出し帽やロープを入れると、自宅に戻った」と答えた。芦田は、あやめが送っている映像通りに証言した。

「首を絞めている時は、堪らなく興奮したでしょうね」と言うと、「そりゃ、そうだとも」と芦田は言った。

「それでですね。紙おむつを穿いているのは」と言うと「どういうことだ」と芦田は言った。

「分かっているでしょう。被害者の首を絞めながらあなたは射精をしている、そうじゃありませんか」と言った。

「そんなこと……」と言ったきり、芦田は黙った。僕はあやめに映像を流すように命じた。

「そうだよ、興奮したよ」と芦田は言った。僕は「あなたは性的興奮を得るために絞殺を続けたのですね」と言った。

「そうさ。首を絞める時の興奮に勝るものはないからな」と芦田は言った。

 僕はマイクに向かって、「芦田勇の犯行動機は性的興奮を求めることにありました」と言った。それから「では、最後の事件についても供述してください」と言った。もちろん、あやめに映像を流すように心の中で命じた。

 芦田勇はしゃべり始めた。

「今年の二月半ば、夜、北園公園前を自転車で通ると、公園から出て来る女性がいた」

 僕は「正確には、二〇**年二月十八日月曜日、午後九時です。続けてください」と言った。

 芦田は「その女は上司の西村香織にそっくりだった。それでつける気になった。女は家に帰る途中だった。女は携帯を見ていた。北園公園から、女をつけて行くと、十二、三分ほどの所にあるアパートに入って行った。階段は外に付いていたから女がアパートのどの部屋に入るのかはわかった。二階の一番奥の部屋に入った。それから北園公園に戻り、襲う場所を探した。襲えそうな所は一箇所しかなかった。そこで襲うことにした。あの女は、北園公園を通り抜けて、家に帰るのが日常だったんだ。火曜日も確認したから確かだ」と言った。

「そして、事件の日、二〇**年二月二十日水曜日が来たのですね。続けてください」

 芦田は「そう二月二十日水曜日だった。俺は午後六時に退社し、いつものように自転車で自宅に帰った。あの女を絞め殺すことを考えていると、二時間はあっという間に過ぎていったよ。時間が近付いてきたので、着替えをして、公園に向かったのだ」と言った。

「さっきも言いましたように、絞殺前の準備については詳細に話してください」と僕は言った。

「そんなの忘れましたよ」と芦田が言うので、「では、私が補強しましょう。あなたは上には肌着に長袖シャツ、その上に紺の薄いセーターを着て、皮の黒いジャケットを着ました。下は紙おむつにジーパンでした。そして、ハンカチとロープと目出し帽は、小さなショルダーバッグに入れ、手には皮手袋をしました。午後八時二十分になったので、下駄箱から洗いたての運動靴を出して履きました。小さなショルダーバッグを袈裟懸けにすると、部屋を出て、駐輪場に降りて行き、自転車に乗って北園公園に向かったのです」と言った。

「どうです。どこか違っていましたか」と訊いた。映像を送られている芦田は、同じものを見ているはずだった。

「いや、違っていない。その通りだ」と芦田は言った。

「では、その後、どうしました」

 芦田は「北園公園の手前の通りで自転車を降り、小さなショルダーバッグから、ハンカチと目出し帽とロープを取り出し、小さなショルダーバッグは自転車の前籠に入れた。そこから北園公園の中に入っていき、目出し帽を被り、木陰に隠れて、女を待った。そのうちに女が歩いてきた。右手にハンカチを持ち、左手にロープを持った。目の前を、女が通り過ぎると、俺は飛び出し、背後から、右手のハンカチで口を塞ぎ、次に左手でロープを首に巻いて、引き絞った。それから女を木陰に引きずり込んだんだ。右手のハンカチをジーパンのポケットに入れると、両手でロープを握った」と言った。芦田は再生された映像通りにしゃべった。

「もの凄く興奮したでしょう」と僕が訊くと、「当たり前だ。この瞬間のために長い時間をかけて、絞殺の計画を立てたんだからな」と言った。

「絞殺は計画的だったんですね」と訊くと、「計画的と言ったのは、獲物を見付けてからのことだ。俺は獲物を見付けると、その自宅を突き止め、次に犯行場所を決める。そして、その次の日に同じコースを獲物が通るのか、確認をする。その確認ができたら、その次の日に実行する。これがパターンだった」と答えた。

「詳細にありがとうございました。で、その後、どうしました」と言った。

「女は泣いていたよ。それに恐怖で引きつっていた。その首をロープで引き絞った。女は苦しそうな顔をしたよ、その顔は西村香織とダブった。凄い快感が躰を走ったよ。それから、女が確実に死ぬまでロープを引き絞った。女が死んだことを確かめてから、ロープを外し、目出し帽を脱いで公園から抜け出し、自転車に乗って家に帰った」と言った。

 僕は二、三の確認の質問をしたあと、「二〇**年**月**日、午後五時四十五分。これで、今日の私、鏡京介の取調は終わります」とマイクに向かって言った。

 そして椅子から立ち上がると、取調室を出ていった。角を曲がると、ミラー室から出てきた捜査一課長が「まだ取り調べることがあるだろうが」と言った。僕は「私の役目は終わりました。芦田勇は自供しました。これで十分でしょう。後は、他の取調官に任せます」と言った。

 捜査一課長は「犯人の心に入り込むのは、簡単なことじゃない。しかし、あんたはそれをやった。このまま取調はあんたにやってもらう」と言った。

「分かりましたが、今日は疲れました。これで帰らせていただけませんか。明日以降も、取調を私がするのであれば、私の上司である黒金署の署長の許可を取ってください」

「分かった。そうしよう。今日はこれで自宅に帰ればいい。わたしの方から、黒金署の署長には連絡しておくよ。明日のこともあるからね」と捜査一課長は言った。

「では失礼します」と言って、僕は八階の捜査本部に向かった。隅の椅子に置いてあった鞄を取りに行くためだった。