小説「僕が、警察官ですか? 2」

二十九

 中島明子が南秋田駅で降りる時間は、ほぼ一定していた。午後七時四十五分だった。それは秋田駅から南秋田駅方面に向かう電車の本数が少なかったからだ。一本乗り遅れると、三十分は待つことになる。一時間に二本しか走っていなかったのだ。当然、乗る電車が決まれば、南秋田駅で降りる時間も決まってくることになる。そこから十分ほど歩くと万秋公園に入る。そして十分ほど歩いて、公園を抜けると、あと十分歩いて自宅に帰る。これが帰宅のルートと時間だった。

 中島明子の帰宅のルートと時間が分かると、芦田は何となく落ち着かなくなった。ある日、寝ていて、中島明子を絞殺する夢を見た。実にリアルな夢だった。中島の苦しむ顔がたまらなく芦田を興奮させた。そして、夢精をしていた。それから何度も中島を絞殺する夢を見た。そして、その度に夢精をした。そうなってくると、中島を絞殺したくて仕方がなくなってくる。

 本当は手で直に絞め殺したかったが、そうすれば指の跡などが残る。腕を巻き付けて殺したとしても、引っかかれれば、中島の爪の間にヒフ片が残る。

 そうした危険は避けなればならなかった。

 何かロープ状のもので首を絞めることを思いついた。その場合、ありふれたものがいい。すぐに鈴蘭テープが頭に浮かんだ。百円ショップでも買えるものだ。

 首を絞める際に声を出されたら、まずいと思った。やはり百円ショップで買えるハンカチを思いついた。紺色のハンカチを使おうと思った。

 頭の中で絞殺計画が練り上がっていった。

 隣町まで、自転車で行って、鈴蘭テープとハンカチを購入した。

 鈴蘭テープは指紋が付かないように軍手をして扱った。一メートル二十センチに切って、両端を玉結びにした。この時、軍手ではない手袋もいると思いつき、滑りがないように黒の皮手袋を買った。また顔を見られないために目出し帽も買った。これも隣町の雑貨店で購入した。

 準備は揃った。後は決行するだけだった。

 四年前の五月十一日月曜日、それが決行の日だった。

 中島明子は午後七時四十五分に南秋田駅を出る。芦田勇はポロシャツにスラックスを穿いていた。靴は運動靴だった。公園の中で足を滑らせることを恐れたのだった。

 午後七時四十五分に中島は南秋田駅で降り、駅を出た。何人かがぞろぞろと出てきた。

 その中で中島と同じ方向に向かう者もいた。

 芦田勇は自転車をもう一つ隣の道に移動して走らせた。それから、中島の歩いている道を交差するように渡り、中島がいることを確認した。そのまま交差して、次の通りを先回りした。通りから離れた所で止まり、中島が来るのを待った。

 中島は目の前を通っていった。携帯でゲームをしていた。

 コンビニを通り、その先が公園だった。通りの交差点に自転車を止めて、中島が公園に向かうのを確認した。

 芦田は自転車を走らせて、先回りをした。公園の隅に自転車を止めて、別の入口から公園に入って行った。

 そして、目出し帽を被って、林の側で中島を待った。異様な興奮が躰を包んだ。あと、もう少しであの女を殺せる。これは何にたとえようもない快感に違いなかった。鈴蘭テープの両端を手袋で引っ張った。これをあの女の首に巻き付けてやるのだ。躰がブルッと震えた。

 ようやく、中島が見えた。携帯ゲームに夢中になっている。

 こっちに来い。早く、来い。芦田はそう心で呟いていた。

 その時だった。逆方向から、カップルがやってきた。

「なにぃ」と訛りの混じった女の声がした。

 男が何か言っている。女は男を突っついている。

 その脇を中島明子は通り過ぎていった。

 カップルは去って行った。そして、中島明子も。

 チャンスは潰れた。今はまだカップルが近くにいる。ここで犯行をすることはできない。芦田勇は諦めるしか仕方なかった。

 鈴蘭テープとハンカチをポケットにしまい、目出し帽も脱いで手に持ち、置いてきた自転車のある方に向かって歩いた。

 今度のような邪魔が入ることは、予想できた。しかし、すんでのところまで行ったのだ。躰が熱かった。

 家に帰り、風呂に入った。ペニスが立っていた。中島明子を思って、しごいた。ペニスの先から精液が飛んだ。

 

 次の日、会社に行った。成功はしなかったが、犯行をしようとしたことは確かだった。その興奮がまだ躰を包んでいた。今日こそ、中島明子を絞殺しようと思った。そう思うとペニスが立ってきた。

 会社を午後七時に退社して、自宅に帰り、準備をして、午後七時三十分頃家を出た。駅までは自転車なら、十分ほどだった。五分ほど待つことになる。躰の火照りを冷ますには、いい時間だった。

 午後七時四十五分になった。改札口からぞろぞろと人が出て来た。だが、その中には、中島明子はいなかった。

 芦田勇は苛立った。くそー、と思った。近くのコンビニに入った。そこで、週刊誌を読んで時間を潰した。そして、次の電車を待った。

 電車が来た。駅から出てくる人を見た。さっきの電車よりも多かった。だが、その中にも中島明子はいなかった。

 一つ前の電車で帰ったのかも知れなかった。今日殺せると思っていただけに落胆の方が大きかった。

 芦田勇は自転車に乗り、自宅に帰った。

 

 そして、犯行が行われた日、五月十三日水曜日がやってきた。

 朝から芦田勇はイライラしていた。今日こそ、中島明子を絞め殺さなければ、落ち着かなかった。

 簡単なミスを犯して上司から叱られた。これも中島明子のせいだ、と芦田は思った。

 鈴蘭テープをあの首に巻き付けて締め上げる。その時の中島の顔が思い浮かぶ。思っただけで興奮してくる。

 早く、口を封じたい。そして、鈴蘭テープを首に巻き付けたい、その思いで頭がいっぱいになった。

 会社が終わる時刻が待ち遠しかった。芦田はいつも午後七時に退社していた。その七時まで、まだ四時間あった。

 今日こそ、やってやる、という意気込みが凄かった。頭の中で何度もシミュレーションをした。

 やがて退社時刻がやってきて、芦田は会社を後にした。そして、自宅に向かった。

 コンビニでパンと牛乳を買って帰った。軽く食事をすると、ポロシャツにスラックスを穿いた。ズボンのボケットには、鈴蘭テープとハンカチを入れていた。尻のポケットには目出し帽を突っ込んでいた。皮手袋はもうしていた。

 午後七時二十分になった。まだ、電車が駅に来るには早いが、気持ちが急いていた。家の人には何も言わず、外に出ると自転車に乗った。

 そして、駅に向かった。

 駅には七時半に着いた。十五分ほど待った。その間に、徐々に興奮度が上がっていった。今日、殺すんだという強い思いが込み上げてきた。

 午後七時四十五分になった。駅から人が出て来た。その中に、中島明子もいた。

 そっと跡をつけた。

 中島は携帯を見ていた。ゲームをしているわけではないようだった。しかし、目は携帯に吸い付けられていた。

 その横顔を見て、早く殺したい、と思った。あの顔を歪ませたい。その泣き顔を見たかった。もうすぐ、それが見られる。芦田は興奮していた。完全に勃起していた。

 通りを隔てた一つ遠くの通りを自転車を走らせ、そこから曲がって、中島と交差した。中島はそのまま通りを進んでいた。

 その後ろ姿を見ていた。

 この先のコンビニを過ぎたら、後は公園まで一本道だった。それを確認したら、芦田は先回りをするために別の通りを自転車で走った。

 公園に来ると、別の入口から中島が通る道で、林が側にある所で、目出し帽を被り待ち伏せをした。

 中島明子が向こうからやってきた。一人だった。携帯を見ていた。

 芦田は反対側も見た。今日は、誰も来ていなかった。今、ここにいるのは、中島明子と芦田勇だけだった。

 芦田は左手にハンカチを持った。これで中島の口を塞ぐのだ。右手に鈴蘭テープを握った。これを首に巻き付けてやる。心臓の鼓動が早くなってきた。

 目の前を中島明子が通り過ぎていった。すると、芦田は通路に飛び出し、後ろから中島の口を塞いだ。中島は両手で口を塞いでいる手をどけようとした。そのすきに右手で鈴蘭テープを首に巻き付けようとした。くるりと回したのだが、テープが滑って、首に巻き付かない。通路にいたのではまずいので、林の近くまで引きずり込んだ。そしてテープを巻きつけようとした。だが、気は焦るが上手く行かなかった。首をぐっと押さえて、左手を外し、鈴蘭テープを左手でも掴んだ。この時、中島は悲鳴を上げた。素早く鈴蘭テープを引き絞った。悲鳴が止んだ。芦田には悲鳴が長く聞こえたかも知れないが、実際は一瞬だった。鈴蘭テープが首に食い込んでいく感触が、皮手袋を通して伝わって来た。

 中島の顔を見た。泣いていた。その顔が見たかった。思い切り、テープを引き絞った。その時、射精をしていた。興奮が絶頂に達していたのだ。長い射精だった。女を殺すことが、こんなにも興奮することだということをここで再確認した。

 このまま林の中に引きずり込んで、もう一度顔を見た。恐怖に引きつった顔がそこにはあった。それを頭に刻んだ。首から鈴蘭テープを外し、完全に死んでいることを確認した。目出し帽を脱ぐと尻のポケットに突っ込み、そして、落としたハンカチを拾った。