小説「僕が、警察官ですか? 2」

十三

 署に戻り、買ってきた制汗剤の製品名をメモしているうちにお昼になった。

 僕は、愛妻弁当を持って、屋上に上がっていった。そして、いつものベンチに座った。

 今日は卵をハートマークの型に入れて焼いたものが載せられていた。それを人に見られないように崩してから、僕はゆっくり弁当を食べた。

 制汗剤があんなに何種類もあるとは知らなかった。スプレー式もあったが、塗るタイプのものもあり、塗りタイプにも瓶に入ったもの、チューブに入ったものとかあった。また、ボールのようなものがついていて、それを脇の下でくるくるさせて塗るタイプのものもあった。いずれにしても、今夜、あやめに確認させれば良かった。今日、買ってきたものの中になかったら、何としてでも、同じ匂いのものを見つけ出して、それを買うことになる。こうなったら、とことんやるしかなかった。

 

 午後、時村才蔵と岡木治彦を呼んだ。

「西新宿公園と北園公園で起こった女性絞殺事件について、知っているか」と二人に訊いた。

 時村は「近くですからね。事件があったことだけは知っていますよ」と答えた。

「岡木は」と訊くと、「ええ、わたしも同じようなものです」と言った。

 僕は事件の概要を二人に話して、意見を聞いてみた。

「それ、どうやって調べたんですか」と時村が訊くので、僕はパソコンを指し示した。

「ああ、それで時々、滝岡を呼んでいるんですか」と岡木が言った。

「それはともかく、どう思う」と僕は訊いた。

「それはわたしたちの仕事じゃないでしょう」と時村が言った。

「分かっている。分かっていて、訊いている」と言った。

「そうですね、同一犯だとしたら、被害者(がいしゃ)を前もって見付けておいたんでしょうね」と時村が言った。

「どうして、そう思う」と訊いた。

「だって、そうでしょう。公園に入ってきた被害者をすぐに殺しているんですよ。それも、行き当たりばったりという感じではない。とすれば、狙いをつけていたと思うのが普通でしょう」と時村は言った。

「わたしもそう思います」と岡木も言った。

「犯人(ほし)と被害者はどこかで接点を持った。そういうことか」と僕は言った。

「そうでしょう」と時村が言った。

「どこだろう」

「そんなことわかりませんよ」と岡木が言った。

「それに、この案件はうちの管轄でもないし、第一、うちは安全防犯対策課ですよ。首を突っ込む理由がありません」と時村が言った。

「それはそうなんだが、うちの管轄下でも起きるかも知れないよ」と僕は言った。

「えっ」と岡木が言った。

「うちにも、この二件の事件があった公園と似たような公園があるだろう」と僕は言った。

「黒金公園のことですか」と時村が言った。

「そうだ」

「まさか」と岡木が言った。

「そうだよな。まさかね」と僕も同意した。

「何か思いつくことがあったら教えてくれ」と言って、二人を席に戻した。

 

 退署時刻になったので、安全防犯対策課を僕は真っ先に出た。

 鞄の中には、今日買った制汗剤が入っていた。僕は一刻も早く、あやめに確かめさせたかった。

 

 午後十一時過ぎになり、きくが眠った。

 僕は時を止めて、ベッドから起き出した。

 そして鞄を掴むと、ダイニングルームに行った。

 ひょうたんの栓を取るとあやめが現れた。

 僕は、鞄を広げて「今日はこの中に入っている制汗剤の匂いを確認して欲しい」と言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 僕はティッシュボックスを取り、ティッシュにそれぞれの制汗剤を塗りつけるか、吹きかけるかした。

「どうだ」と僕はあやめに訊いた。

 あやめは「これです」と言った。あやめが選び出したのは、ボールのようなもので脇の下を転がすように制汗剤を塗るタイプのものだった。大した値段のものではなかった。

「これかぁ」と言った。やっと、見付けた安堵感が広がった。

「じゃあ、ご褒美」というあやめに「その前に、ちょっと訊きたいことがある」と言った。

「なぁに」とあやめは言った。

「昼間でも霊気を感じとることができるのか」と訊いた。

「わたしは昼間はひょうたんの中にいるだけで、別に眠っているわけではありません。強い霊気があれば、感じることはできます」と言った。

「それは昼間、ひょうたんの中にいても感じることができると思っていいんだな」と言うと「霊気の強さにもよります。弱い霊気では感じないかも知れませんが、ある程度、強い霊気なら感じとることはできます」と言った。

「もう一つ訊く。昼間、ひょうたんの中にいて感じとった霊気の映像を、私に送ることはできるか」と言った。

「それはやってみなければわかりません。多分、送れると思います」と言った。

「どうしてそんなことを訊くんですか」とあやめは言った。

「今度の土曜日に北府中市に行こうかと思うんだ」と言った。

「北府中市ですか」とあやめは言った。

「そこに何かあるんですか」とあやめは続けた。

 僕は説明するのが面倒になったので「私の頭の中を読んでもいいぞ」と言った。

「いいんですか」とあやめは言った。

「早くしてくれ」と僕は言った。

「はぁい」と言うと、あやめの姿が消えた。

 しばらくしてあやめが現れた。

「そういうことなんですか」とあやめは言った。

「そういうことだ」

「わたしを北椿ヶ丘公園と南椿ヶ丘公園と東椿ヶ丘公園に連れていって、そこで霊気を読ませて、その映像を見ようというわけですね」

「そうだ」

「上手くいくかしら」

「やってみなければ分からないんだろう。だったら、やってみるしかないだろう」と僕は言った。

「わかりました。じゃあ、ご褒美、くださいね」とあやめは言った。

 

 朝、安全防犯対策課に入りデスクに座ると、時村と岡木の二人が勢い込んでデクスの前にやってきた。

 時村が「犯人(ほし)が宅配業者ならどうですか」と言った。

「宅配業者なら被害者の自宅はわかりますし、まずもって、被害者と面識が持てます。宅配する時に会っているんですから」と岡木が言った。

「それに在宅時間もわかりますよ。もし、再配達を依頼していたとしたら、どの時間帯に自宅にいるのかは予想がつきます」と時村が言った。

「そうだな。その線も考えてみよう」と僕は言った。すでに消し去った可能性だったが、二人の前では言えなかった。

「これを見てくれないか」と僕は、自転車の映像を拡大して打ち出した二枚のA4判の用紙を見せた。

「自転車ですね」と時村が言った。

「この二台、同じ自転車ですね」と岡木が言った。

「どうして分かる」と僕が訊くと「ここのマークですよ。似ていませんか」と答えた。

 それからフレームのところを指して、「ここに傷のようなものがあります。この位置も一緒です」と言った。

「そうだな。同じ自転車だと私も思っている」と言った。

「これはどこから取り出したんですか」と時村が訊いた。

「二人の被害者が映っているコンビニの映像から取り出したんだ」と答えた。

「二人の被害者って、二件の絞殺事件のことを言っているんですよね」と時村が言った。

「当然、そうだ」

「そこに同じ自転車が映っているっていうことですか」と時村が言った。

「ああ」

「偶然ですかね」と岡木が言った後に、「これコンビニの映像だと言ってましたよね」と時村が言った。

「そうだ」

「だったら、偶然じゃあないですね」と言った。

「私もそう思う」

「これコピーさせてもらってもいいですか」と二人が言った。

「どうぞ」と僕は答えた。