十四
明日は、午前一時から午前九時までの勤務だった。
午前七時に起きて、子どもたちと一緒に朝食をとった。その後で「お昼はいらない」と言って眠った。
午後三時頃、子どもたちは帰ってきた。僕も起きた。
子どもたちと一緒におやつを食べた。蒸かし芋だった。僕は昼食をとっていなかったせいか美味しかったが、子どもたちの評判は良くなかった。
「焼き芋にすれば良かったわね」ときくは言った。
「子どもたちはどうか知らないけれど、俺は美味しかったよ」ときくに言った。
きくは嬉しそうにしていた。
おやつを食べた子どもたちは自分の部屋に行って、きくからの宿題のプリントをやっているようだった。一時間ほどして、プリントを持って出て来た。きくがプリントを預かって、「採点した後で返すからね」と言った。
それから子どもたちと一緒に風呂に入った。頭と躰を洗ってやると、二人は一緒に浴槽に入って、潜った。
先に京一郎の方が顔を出して、すぐにききょうも顔を出した。どっちが長く潜っていられるか、競争していたのだ。
僕は二人に向かって叱った。
「お風呂場でそんなことをしてはいけない。浴槽で死ぬ人は多いんだから、もうしないと約束するんだ」と言った。
二人とも「はーい。約束します」と答えた。
子どもたちにシャワーをかけて、脱衣所にいるきくに渡した。
僕は髭を剃って、頭と躰を洗って、浴槽に浸かった。
島村勇二は、相崎賢治が逮捕されたことを知っただろう。だとしたら、次はどういう手を打ってくるのか見えるようだった。
風呂から出て、汗が引くまでバスローブを着た。勤務があるから、ビールではなく、コーラを飲んだ。
そのうち午後七時になり、夕食の時間になった。子どもたちと夕食をとって、午後十一時半まで仮眠した。
起きると、顔を洗い、着替えた。ズボンのポケットにはひょうたんを入れた。朝食の弁当と水筒の入った鞄をきくから受け取り、家を午前〇時に出た。
午前〇時半前に、西新宿署に着いた。私服から制服に着替えて、係員から報告と指示を受けた。相崎賢治の取調が今日の午前九時から行われることを教えてくれた。僕は礼を言って、西新宿署を出た。
二百メートルほど離れたところで、ズボンのポケットのひょうたんが振動した。
「前方の辻の角に、この前の男がいます。今日は殺気立っています」と言った。
「分かった」と僕は言った。僕も今日は警戒していた。相手は高島研三だろう。この前、下見をしていたところに潜んでいるのに違いなかった。
まだ、十メートルほど距離がある。確実に相手を殺すのなら、もっと近付いた方がいい。普通に歩いていたが、時間がゆっくりになったように感じた。
相手と五メートルほどに近付いた。すると、高島研三は陰から飛び出して、銃口を向けた。そして、引き金を引いた。
その瞬間に時を止めた。引き金を引くのと同時に止めたにも拘わらず、二メートル先に弾丸は止まっていた。一瞬でも遅れていたら、弾丸は顔を貫いていただろう。
僕は鞄で弾丸を地中に向くように、叩き落とした。そうしないと、時を動かしてから、弾丸がどこに飛んでいくか分からなかったからだ。
すぐに、高島研三のところに向かい、拳銃も鞄で叩き落とし、後ろ手に手錠をかけた。
それから、僕のズボンからハンカチを出して、高島研三の懐を探った。携帯が出て来た。通話の履歴を見た。一時間前に島村勇二と会話をしているのが分かった。念のため、時を動かして島村勇二に電話をかけた。
「やったか」と言う島村勇二の声が聞こえた。
「やりましたよ、違う意味で」と心の中で答えて、電話を切った。そして、時を止めた。これで、島村勇二との通話記録が拳銃発砲直前にかけられたものと思われるだろう。高島研三と島村勇二の関係が強く結びついたことになる。
携帯を高島研三の懐に戻した。ハンカチはズボンのポケットにしまった。
そして、高島研三を地面に俯せに倒して、背中に膝を乗せた状態で、時を動かした。高島研三は膝の下で呻いていた。僕は携帯を取り出して、西新宿署に電話をした。
オペレーターが出た。
「事故ですか、事件ですか」と訊いてきたので、「千人町交番所の鏡京介です。今、発砲されたので、その犯人を現行犯逮捕しました。犯人を引き渡したいので、至急、応援を寄こしてください。場所は****です」と言った。
すぐにパトカーが二台来た。
警官が六人降りてきて、二人は、高島研三をパトカーに乗せた。その時手錠を外して、僕は自分の手錠を腰に付けた。そのパトカーはすぐに西新宿署に向かった。
残りの四人は、鑑識だった。一人から僕が襲われた状況を訊かれ、それに答えた。もう一人は盛んにそこら中の写真を撮っていた。そして、もう二人で、落ちていた拳銃と地面にめり込んでいた銃弾が丁寧に回収された。もちろん、写真を撮った後だった。僕が襲われた状況も再現してほしいと頼まれ、それを写真に撮っていった。しかし、それほど時間がとられたわけではなかった。詳しい事情聴取は、勤務後ということになり、パトカーは去って行った。
僕は一時間半ほど遅れて、千人町交番所に着いた。交番に向かう途中で携帯でも連絡したが、保多巡査に待たせてしまった理由を簡単に説明して謝り、引継ぎをして、交番勤務に就いた。
午前四時頃からパトロールに出た。午前五時頃、酔い潰れて道路に寝ている若者がいたので、起こして駅に向かわせた。
午前七時に交番に戻り、鞄から愛妻弁当と水筒を出して、朝食をとった。
午前九時半に北村巡査が来たので、引継ぎをして、西新宿署に向かった。
西新宿署で制服から私服に着替え、係員に報告をした後、鑑識と取調刑事の事情聴取を受けた。
まず鑑識の事情聴取では、僕の防御の方法では銃弾が地面にのめり込んでいた位置が合わないと言われた。鑑識の結果からすると、拳銃が暴発して、銃弾が地面にめり込んだとしたら、もっと手前でないとおかしいと言うのだ。だが、僕は自分の言っていることが真実だとしか言い様がなかったし、それで押し通した。鑑識もまさか時が止まることは予想だにしていなかったから、僕の説明を受け入れるしかなかった。
高島研三が持っていた拳銃はM1911の精巧な模造品で、まともに顔面に弾を受けていたら、死ぬか重症を負っていたところだった。
鑑識の後は、刑事からの事情聴取が待っていた。
事件のことについては、時を止めたことを除いて、一通り話した。
その後で、僕は昨夜、相崎賢治から脅迫を受けていたことも話した。その件では、高島研三と並行して相崎賢治にも取調が行われているようだった。
「高島研三から島村勇二への通話記録が出て来たので、今、島村勇二も重要参考人として事情聴取しているところです」と刑事が言った。
「相崎賢治からの脅迫以外で、狙われる心当たりはありますか」と別の刑事が訊いた。
「いいえ」と答えた。
須藤の写真から滝沢工業株式会社を捜し出したことが原因だと思ったが、これは山岡を含めて三人の刑事のお手柄ということにしてあるから、言わなかった。
高島研三を逮捕した状況は、脚色して話した。つまり、相手が物陰から飛び出してきた時、拳銃が見えたので、鞄で払い落としたら暴発したと答えた。
「高島研三はちゃんと狙って撃った、と言っているんですけれどね」と一人の刑事は言った。
「それはちゃんと狙って撃ったつもりでしょう。でも、銃弾は地面に刺さっていましたよね。それが事実です」と僕は鑑識にも言ったことをまた言った。
「確かに、その通りですな」ともう一人の刑事は言った。
「でも、これからも鏡さんが狙われることはないんでしょうか」と若い方の刑事が訊いた。
「どうでしょう。私を狙えと指示したのが、島村勇二なら重要参考人として事情聴取を受けているので、もうしないでしょう」と僕は言った。
若い刑事は「そうですよね。警察官を射殺すれば、必ず追い詰められるのに決まっていますからね」と言った。
もう一人の刑事が「そうですよ。警察官は、皆、命を張って職務に当たっているんだから、その命を狙ってきたらただでは済まないことはわからせてやりますよ。高島研三を徹底的に取り調べて、島村勇二との関係は吐かせます」と言った。
この二人でなくても、警察官を狙った犯罪には警察官は厳しく当たる。高島研三の口がどんなに硬くても、割らせることは目に見えていた。
その他に形式的な質問をいくつか受けて、事情聴取は終わった。
「勤務明けにお疲れ様でした。これで終わりです」と年上の方の刑事が言った。
西新宿署を出たのは、午前十一時近かった。すぐに携帯で家に電話をした。
「今から、帰る」とだけ言った。
午前十一時半に家に着いた。
着替えて、顔を洗ったら、昼食をとった。ペペロンチーノだった。
昼食後に眠った。
午後三時頃、子どもたちが帰ってきて、僕も起きたから、一緒におやつを食べた。カスタードプリンだった。
子どもたちは喜んだ。すぐに食べ終わったので、「もう一つないの」と京一郎が言っていた。
「ないわよ」ときくが言った。
おやつの後は、プリントをする時間だった。ききょうと京一郎はきくにプリントをもらって、それぞれの部屋に入っていった。