三十三
四日は午前七時に目が覚めた。
親父は「今日は、新年会があるから遅くなる」と言って出て行った。
僕はトーストパンにコーヒーとサラダで朝食を済ませた。
そういえば、昨日、きくが「お餅をオーブントースターで焼くのには驚きました」と言っていたのを思い出した。僕がパンをトースターで焼いているのは知っていたけれど、お餅も焼けるとは思わなかったようだ。
きくはご飯と味噌汁で朝食を済ませると、ききょうにお乳を飲ませに行った。僕も自分の部屋に上がって行った。
「そろそろ離乳食を食べさせるのもいいんじゃないか」ときくに言った。
「離乳食って何ですか」
「お母さんに訊いてくれよ」と僕は言った。
「お乳を飲ませたら、訊きに行きます」ときくが言った。
僕は、昨日のデータを確認していた。そうしながら、旧黒金金属工業の見取り図を頭の中に叩き込んでいった。
お昼は即席ラーメンで済ませた。おせち料理やお雑煮などが続くと、以外に即席ラーメンが旨かったりする。
きくが来て、「離乳食がわかりました。ご飯をお湯ですりつぶしたものなんですね」と言った。
僕はよく分からなかったから、「多分ね」と言った。
「ききょうに食べさせたら、少し食べました。慣れてきたら、茹でた野菜をすりつぶしたものや、果物をすりつぶしたものでもいいそうです」
「そうか」
きくは初めて子どもを育てる上に、現代にタイムスリップしてしまったから、子育てを教わるにも、今は母しかいないわけだ、と改めて思った。
今日は父は新年会で遅くなると言っていたので、父を待つこともなく、午後七時になったら夕食をとった。
夕食の後は、きくとききょうと一緒に風呂に入った。きくが先に出て寝間着を着て、ききょうをバスタオルで包んだ。その後、僕は一人でゆっくりと風呂に浸かった。
明日は富樫と浅草に行く約束をしていたから、早めに寝ることにした。
午後九時に電気を消した。でも、きくが抱きついてきた。
次の日は、午前七時に起きた。結局、眠ったのは、午後十一時を過ぎた頃だった。寝る前にシャワーを浴びた。
リビングに行くと、キッチンに母がいたが、もう慣れたのか、「おはよう」と言った後は何も言わなかった。
きくも起きてきて「おはようございます」と言った。母もそれに返した。
朝食が済んだら、きくは早速浅草に行く用意を始めた。
明治神宮に行った時のように哺乳瓶を持って出かけることにしたので、保温用の水筒に沸騰した後冷ましたお湯を入れて、湯冷ましのための赤ちゃん用の水の入ったペットボトルとキューブタイプのミルクを別に持って出かけることにした。今回は、母はいないので、きくは母からミルクの作り方を繰り返し聞いて覚えた。
早速、やかんにお湯を沸かした。
僕は中を空にしたショルダーバッグを持ってきて、アルコールティッシュと赤ちゃん用の水の入ったペットボトルとキューブタイプのミルクの袋を一つ入れた。哺乳瓶などは、チャックの付いた大きめのビニール袋に入れた。
やかんの湯が冷めるのを待って、保温用の水筒にお湯を入れた。それをショルダーバッグに入れると、準備は整った。
僕は服を普通のにしようとしたが、着慣れているのでジーパンに革ジャン、オーバーコートという服装になった。ショルダーバッグは当然持った。
午前九時半になったので、きくもパンツルックにして上にコートを着、抱っこ紐がおんぶ紐にもなるので、ききょうをおんぶして出かけた。
高田馬場には午前十時十分前に着いた。JRの早稲田口の辺りで待つという約束だったから、その辺りにいたら、間もなく富樫はやってきた。
東京メトロ東西線の西船橋行に乗って、日本橋まで行き、そこで都営浅草線に乗り換えて、浅草まで行った。三十分ほどだった。
そこから雷門に向かった。凄い人出だった。ききょうの安全のためにおんぶから抱っこの状態に変えた。
きくは雷門と書かれた大きな赤い提灯を見て喜んだ。凄ーい、と何度も言った。
それから仲見世通りに入って行った。どの店先でもきくには初めて見る物ばかりだから、結構長く見ていた。
食べ物を売っている店も多く、人形焼きを売っている店では人形焼きを買って食べたし、きびだんごを売っている店ではきびだんごを食べた。
宝蔵門をくぐり、お水舎と言われている所で手を洗い、本堂の手前の線香の煙が立ち込める常香炉で煙を躰に浴びた。
「頭に煙を浴びると頭が良くなると言うぞ」と僕が言うと、きくは「本当ですか。ならきくにも浴びさせてください」と言った。僕は煙を手で掬ってきくの頭にかけた。
「これで頭が良くなりますか」ときくが訊くと、富樫が「そうだといいね」と言った。
本堂できくに五円を渡してお賽銭箱に投げ、大きな鈴を鳴らして、手を合わせてお参りをした。
時計を見ると、午後一時近くになっていた。
「どうする」と富樫に訊いたら、きくは「花やしきに行きたいです」と言った。
富樫も「それでいいんじゃない」と言ったので、花やしきに向かった。
富樫は途中で饅頭を買い食っていた。
花やしきに入ると、ききょうがぐずりだしたので、ショルダーバッグから哺乳瓶などを出して、ミルクを作った。
富樫は初めて見るので「へぇー、そういうふうにして作るんだ」と珍しがっていた。
ききょうが哺乳瓶からミルクを飲み終えると、きくは「ジェットコースターに乗りたいです」と言った。
ききょうは乗れないから、僕が抱っこして、きくと富樫が乗りに行った。戻ってくると、きくは「とても怖かったです。でも面白かった」と言った。そして「今度は、京介様と乗りたいです」と言い出した。
「悪いな」と富樫に言って、ききょうを預かってもらい、きくとジェットコースターに乗った。きくは僕にしがみついてきた。これがしたかったんだ、と僕は思った。
いくつかの乗り物に乗ったが、スペースショットに乗った時は、きくは怖さで声も出なかった。
二時間ほど花やしきで遊んで、帰ることになった。
花やしきを出た時、僕たちというより、僕の後をつけてくる奴に気付いた。
早めに帰った方が良さそうだと思ったので、富樫に「帰ろうぜ」と言うと「ああ」と答えた。まだ、午後三時ぐらいだった。