小説「僕が、剣道ですか? 3」

二十

 僕はくたくただったが、こんなことやあんなことがあったなんて言えやしない。

 家に帰ると、真面目な高校一年生に戻っていた。というより、戻らざるを得なかった。

 母はきくにいろいろなことを教えていた。本当に江戸時代から来たことを信じ始めているようだった。

「ねぇ、京介。ききょうちゃんは、いつ生まれたの」

「六月だから六ヶ月目に入っているってことになるのかな」と僕は曖昧なことしか言えなかった。

「それじゃあ、予防接種はしてないの」

「江戸時代に予防接種なんかあるわけないじゃない」

「それだったら、すぐに病院に行って、予防接種してもらいなさい」

「分かったよ。今度行くよ」

「今度じゃなく、明日、病院に行きなさい」

「明日は月曜日だよ。今度の月曜日にお祖母ちゃんが施設に入る日だって言ってたよね。一緒に行くって言ってたじゃないか」

「わかったわ、それならその後で病院に行きましょう」

「だけど、保険証も何もないよ」

「六月の何日に生まれたの」

「覚えていない、確か六月十日頃だったと思う」

「だったと思うじゃ困るのよ」

「暦が現代のとは違っているから、正確である必要はないと思う。だったら、六月十日ということにすればいい」

「平成**年六月十日ってことね」

「うん、それでいい」

「ネットで調べてみるわね。まず、HIb(ヒブ)と小児用肺炎球菌が二ヶ月から四ヶ月の間に三度予防接種をするのね。それからB型肝炎は……」と母は延々と話し続けた。

「とにかく小児科医に相談しましょう」

「分かった」

 僕は風呂に入り、夕食を食べると、自分の部屋に上がっていき、ベッドに入るとすぐに眠った。疲れていたのだろう。急に深い眠りに襲われたのだった。

 

 月曜日が来た。

 祖母が施設に入る日だった。ここで困ったことがあった。きくとききょうを連れていくと伯父と伯母に何と説明していいか分からないからだった。僕が残っても良かったが、あれだけ僕のことを可愛がってくれた祖母である。どんな施設に入るのか見てみたいものだし、第一、このところ会ってもいなかったのだ。

 そこできくとききょうは家に残して行くことにした。きくには誰が来ても玄関の戸を開けてはならないし、電話にも出ないようにと注意をした。

「それくらい、わたしにもできます。ですから、安心して行ってきてください」ときくは言った。

 そうは言っても心配であることに変わりはなかった。

「行きましょう」と母に言われて、僕は家を出た。

 若松河田から飯田橋まで出てそこからJRに乗り換えて市ヶ谷で降りた。市ヶ谷からは十分ほどのところだった。

 僕と母は伯父と伯母への挨拶が終わると、早速、祖母の入居している部屋に行った。

 二十㎡足らずの狭い部屋だったが、窓が南側に面した明るい部屋だった。

 トイレも広く、車椅子でも入れるように工夫されていた。浴室はなく、共同浴室で施設の介護士が入居者の躰を洗うということだった。三十二万円の中には、食費も含まれていた。二十四時間管理されているということだった。

「ここなら安心ね、お祖母ちゃん」と母は言った。

 認知症の祖母は「どなたかは知りませんが、ありがとうございます」と答えた。すると母は涙を浮かべた。

 昼頃に施設を出た。伯父と伯母は一緒にお昼でもどうと誘ってくれたが、きくとききょうが心配だったので「ちょっと用があるので、これで帰ります」と僕が言って、母と一緒に家に帰った。

 家に戻ると、きくは誰も来なかったし、電話もなかったと言った。

 僕はよそ行きの服を着替えて、昼は蕎麦を茹でて食べた。

 蕎麦はきくも食べ慣れていたが「こんなに美味しい蕎麦は初めてです」と言った。つゆが江戸時代の蕎麦に比べて、だしが利いている感じがした。

 

 昼食を食べたら、ききょうを小児科医に連れて行く番だった。

 最初に行った小児科医は、事前予約と予防接種予診票が必要だと言われて断られた。しょうがないので、次の小児科医に行ったら、予防接種予診票があるかと訊かれたのでないと答えると、困った顔をされたが、「全額負担で構わなければ予防接種をします」と看護師に言われ、問診票を書いて渡した。ききょうの体調を調べた後、いくつかのワクチンを受けることになったが、何を受けたらいいのかさっぱり分からないので、母にそのあたりを訊いてもらった。

「じゃあ、今まで何のワクチンも受けていないんですね」と訊かれ、「そうです」と答えると、「これとこれとこれね」と言われたが、何のワクチンだか覚えられなかった。多分、B型肝炎、ヒブ、小児用肺炎球菌、四種混合(DPT-IPV)、ロタウイルスの五つのワクチンを同時接種したのだと思う(これは接種したワクチンを書いた表を見て知った)。一つは飲むタイプだった。それがロタウイルスワクチンだったと思うが、これについては、説明を受けたが、よくは分からなかった。とにかく、受けられる予防接種は全部受けると答えた。

「四週間後にまた来てくださいね」と言われた。

 全額負担だったから支払額は大きかったが、予防接種ができたことが嬉しかった。

 

 家に帰ると、父が珍しく早く帰っていた。

「今日は取引先から、直接帰れることになったので、家に帰ったら、誰もいないので心配したぞ」と言った。

 父にはききょうの予防接種に行っていたことを話した。

「受けられたのか」

「うん」と僕が言うと、「それは良かった」と父は応えた。

 もう午後六時を過ぎていた。

「お風呂沸かしますね」と母が言うと、「もう俺が焚いて入ったよ」と言った。

「じゃあ、ご飯にしますか」

「そうだな」

「何にします」

「魚が食べたいな」

 母が冷蔵庫を見て、「買ってきますね」と言ったら「あるものでいいよ」と父が言った。

「だったら、麻婆豆腐を作りますね」

「いいね」

「待っててください」

 母の麻婆豆腐は、豆板醤を使った本格的なものだった。

 ごま油にネギ、ショウガ、ニンニクの香りが芳ばしく漂ってくる。

 本格的な麻婆豆腐をちゃっちゃっと作ってしまうので、僕はその点はえらいなぁと思ってしまう。

 きくは中華料理は初めてだから、口に合うかどうか分からなかったが、一口食べると「美味しい」と言った。

「こんな美味しい豆腐料理、初めて食べました」

 確かに江戸時代にも豆腐はあったが、鍋の具か、味噌汁の具か、そのまま醤油で食べるのがせいぜいなところだった。

 麻婆豆腐のようなものは、きくは食べたことがなかっただろう。辛いのが苦手でなければ、美味しいと思うだろう。僕の母の特製の麻婆豆腐は特に美味しいから。