小説「僕が、警察官ですか? 5」

十七

 それから三十分後、僕は未解決事件捜査課の自分のデスクに座っていた。昼の愛妻弁当は食べ終わっていた。

 あやめから送ってもらっていた映像を、さっそく再生していた。

 被害者の映像はそんなに長くはなかった。何が起こっているのか分からないうちに殺されていた。一番、強く残っていたのは犯人の霊気だった。

 小野和馬、三十六歳だった。これは当時の年齢だから、今は四十二歳になっている。二十三歳の時、大学を卒業すると海外ボランティアの活動に入り、一年もしないうちに、外人部隊に入隊した。給料が良かったからだ。そこで格闘技等を覚えた。八年目に除隊して日本に戻り、フリーターになっていた。しかし、外人部隊にいた時に覚えた殺人の味が忘れられなかった。日本は、彼にとっては平和すぎた。

 二年ほど経つと、人を殺したくてうずうずとした。ナイフを購入して持ち歩いている時に、ふらりと訪れたのがあの現場だった。深夜だった。

 ピッキングはお手の物だった。中に入ると、まず台所に行き、包丁を手にした。ナイフだけでは心許なかったからだ。それから家の中の様子を伺い、下の寝室に夫婦が、上の二階に子どもたちが寝ていることが分かった。まず、一階の夫婦から殺すことにした。

 そっとドアを開けて中に入ると、まず亭主から胸をナイフで一突きにした。その気配で目を覚ました俊子を枕で口を塞ぎ、これもナイフで胸を刺した。鮮やかな手口だった。どちらも急所を一突きにしていた。

 それから二階に上がっていき、右手のドアを開け、ベッドに眠っていた長男を刺した。次に左手のドアを開けて、次男を刺した。これで終わりだった。

 ナイフを抜く時、返り血を浴びた。

 そこで、風呂場に行き、服を脱いで、石鹸で洗い流した。それから自分自身はシャンプーで全身を洗い、シャワーで流した。脱いだ服は濡れたままだったが、そのまま着て、家を出ようとした。しかし、お腹が空いているのに気付くと、台所に戻り、冷蔵庫を開け、牛乳をパックのままのみ、野菜室にあった梨にかじりついた。牛乳は飲み残したまま、テーブルの上に置き、梨も芯だけになったものをテーブルに置いた。その後、そのまま家を出た。

 映像はそこで終わった。

 僕は横井寺生を呼んで、「あの一家惨殺事件の犯人の名前が分かった」と言った。

「えっ、あの事件はやらないんじゃなかったんですか」と横井が言った。

「私の好奇心が、頭をもたげてね」と言った後、「犯人は小野和馬だ。免許証を取得していれば住所が分かるかも知れない。調べてくれ」と続けた。

「わかりました。小野和馬ですね」と言うと横井は自分のデスクに座り、パソコンを動かした。

 小野和馬の住所はすぐに割れた。中野区旭が丘三丁目**番中井アパート三〇三号室だった。

 じっとはしていられなかった。

「横井、行くぞ」と言った。午後三時頃だった。小野和馬がいるとは思えなかった。その時は管理人にドアを開けてもらうつもりだった。

 覆面パトカーを横井が運転して、小野の所に行った。

 ドアベルを押したら、小野が出てきた。夜のバイトをしているのだろう。寝ぼけた顔をしていた。

「小野和馬さんですね」と僕が言った。

「そうですが」

 と言った途端に時間を止めた。そして、髪の毛を四、五本抜いて小さなビニール袋に入れた。それはポケットにしまった。それから時間を動かした。

 小野は「あ、痛ぇ」と思わず言った。

 僕は構わず「普段使われているものをお借りできませんか」と言った。

 小野は部屋の中に入って、湯飲みを掴んできた。

「これでいいですか」

「ああ、いいですよ。横井君頼むよ」と僕は言った。横井は慌ててハンカチを出して、その湯飲みを受け取った。

「何をしているんですか」と小野が訊いた。

「この辺りで窃盗があったんですよ。その指紋と照合しようと思って、一軒一軒訪ねているわけです」と僕はでたらめを言った。

「寝ているところを起こさないでくださいよ」と小野は小言を言った。

「今後、注意します」

「本当に、もう」と言うとドアは閉まった。

 万事OKだった。湯飲みまで手に入るとは思わなかった。それだけ、小野の警戒心が緩んでいたのだろう。

 すぐに西新宿署に戻った。湯飲みと僕が採取した髪の毛を鑑識に渡した。それと横井が持っていたファイルも、だった。ファイル内に記されている指紋とDNA鑑識結果が一致すれば小野を逮捕できる。

 結果は明日出る。

 すべてが済むと午後五時近くなっていた。

 僕は帰り支度をして、五時きっかりに未解決事件捜査課を出た。

 

 次の日になった。未解決事件捜査課に顔を出した後、僕は鑑識に行った。

「昨日頼んでおいた結果は出ていますか」と訊いた。

 女性の主任が出てきて、「ちゃんと出てますよ。届けに行くところだったんです」と言った。

「これって、うちの山じゃないですよね」と続けた。

「そうですが、問題でもありますか」

「いえ、訊いてみただけです。ところで、一致しましたよ。指紋もDNAも」と主任は言った。

「そうですか、一致したんですか」

「これが鑑識結果の報告書です。これって黒金町の一家四人惨殺事件の犯人のものですよね」

「そうです」

「どこで手に入れたんですか」

「答えられません」

「まあ、いいわ。どうぞ、ご自由にお使いください」と主任は言って鑑識室に入っていった。

 僕は未解決事件捜査課に戻ると、横井を呼んだ。

「指紋もDNAも一致したそうだ。これが鑑識結果の報告書だ」

「そうですか」

「これから黒金署に報告するぞ」と僕は言った。

「待ってください。わたしがファイルを預けてくれた人に報告します」と横井が言った。

「そうか。じゃあ、任せた。すぐに報告するんだぞ。昨日は寝ぼけていたから、頭が回らなかったかも知れないが、今日は気付いて逃走するかも知れない。急げよ」と言った。

「わかりました。今から電話をします」

 横井はさっそく電話をした。相手はすぐ西新宿署に来ると言った。

 三十分でやって来た。仲間も連れて来た。

 横井の説明にもどかしさを感じた僕が横から割って入った。

「これが小野の毛髪で、これが湯飲みです。鑑識の結果は指紋もDNAも一致したそうです。これが鑑識結果の報告書です。小野は昨日の午後三時までは、中野区旭が丘三丁目**番中井アパート三〇三号室にいました。逃げられるかも知れないので、早く拘束した方がいいです」と言った。

 横井の知人は「塩崎守と言います。これからすぐに小野のアパートに向かいます。後はこちらに任せてもらえますよね」と言った。

「どうぞ、ご自由に」と僕は言った。すると塩崎とその仲間は慌ただしく未解決事件捜査課から出て行った。

 

 正午前に、塩崎から電話があった。小野の身柄を確保したということだった。小野は昨日の件を不審に思って引越しをしようとしていたところだったという。一歩、遅れていれば危なかった。

 僕は横井寺生のところに行き、「小野の身柄は拘束した。これはお前の手柄だ」と言った。