小説「僕が、警察官ですか? 2」

二十八

 刑事が「これから事情聴取を始めます」と言った。この事情聴取は録画されているのだろう。

「まず、あなたの名前と生年月日、住所をお答えください」と言った。

 男は「芦田勇、****年九月八日生まれ。住所は……」と言った。

 僕は暗い部屋の中で、時を止めた。そして、ズボンのひょうたんを叩いた。

「はい」と言うあやめの声が聞こえた。

「芦田勇の頭の中に入れるか」と訊いた。

「入れます」と答えた。

「だったら、芦田勇の生い立ちから、犯罪のすべてを記憶してきてくれ」と言った。

「時間がかかりますよ」と言った。

「構わない。終わるまで待っている」と言った。

「では行ってきます」とあやめは言った。

 ひょうたんから出て、芦田勇の頭の中に入ったのだろう。僕は時間を動かした。

 刑事は「職業と働いている会社と場所を教えてください」と言った。

 芦田勇は「職業は、システム・エンジニアです。会社は***開発株式会社で、新宿二丁目にある***ビルの五階と六階です。番地まではわかりません」と答えた。

 それから、出身地と本籍地が訊かれた後、小学校から大学までのことが訊かれた。芦田勇は淀みなく答えていった。まるで、訊かれることを予想していたかのようだった。

「秋田ではどこに住み、どこで働いていましたか」と刑事は訊いた。

 これにも芦田勇はすらすらと答えた。

「秋田で働いていた会社と今の会社では違いますね」と刑事が訊くと、「ええ、転職したんです。西秋田の会社では、わたしのシステム・エンジニアの能力が発揮できませんでした。それで、東京の会社に転職したのです。そして最初に配属されたのが北府中市でした」と芦田は答えた。

 その後、刑事は転職した経緯を訊いた。芦田はこれにもすぐに答えた。芦田の言っていることに不自然さはなかった。

 刑事が「現在の仕事に対しては、どう思っていますか」と訊くと、「大変、満足しています」と答えた。

「では、昨日も訊いたのですが、アリバイについて答えてもらいます。昨日は昔の手帳がないのでわからないと答えていたので、その頃の手帳をご覧になってきたのでしょう。それをお答えください」と言った。

「四年前の五月十三日でしたよね。この日は午後七時に退社してから午後七時四十五分頃まで食事をして自宅に帰りました」

「次は」

「三年前の六月二十二日ですね。この日も午後七時に退社してから午後七時四十五分頃まで食事をして自宅に帰りました」

「ということは、両方ともアリバイはないということですね」

「食事をしたのは、どちらも***食堂という所ですから、そこの従業員に訊いてもらえばわかると思いますよ」と言った。

 刑事は「もう、かなり時間が経っていますからね、***食堂の従業員に訊いても確かな返事はもらえないでしょう。それに、推定されている犯行時刻は、その後なんですよ。その***食堂から犯行現場までは、遠くないでしょう」と訊いた。

 芦田は「犯行現場ってどこなんですか。近いか遠いかなんて、わたしにはわかりませんよ」と言った。

「では、北府中市の方はどうですか」と訊いた。

「北府中市の方は、一つは二年前の四月二十六日でしたね。この日も午後七時に退社してから午後七時半頃まで食事をして自宅に帰りました。そして、次はやはり二年前の八月二日でしたね。この日も同じです。午後七時に退社してから午後七時半頃まで食事をして自宅に帰りました。最後は十二月二十日ですね。この日も同じです。午後七時に退社してから午後七時半頃まで食事をして自宅に帰りました。いずれも近くの牛丼屋です」と答えた。

 刑事は「牛丼屋ですか」と言って溜息をついた。牛丼屋の従業員が芦田を覚えている可能性は皆無に等しかったからだ。仮に覚えていたとしても、アリバイにはならない。犯行時刻はその後なのだから。

「では、新宿の方はどうですか」と訊いた。

「新宿ですよね。昨年の五月九日でしたか。この日も、午後七時に退社してから午後七時半頃まで、***ラーメン店で食事をして自宅に帰りました。そして、今年の二月二十日でしたよね。この日も、午後七時に退社してから午後七時半頃まで、牛丼屋で食事をして自宅に帰りました。わたしは時間に正確に生きるのが好きなのですよ。だから、退社時間も食べる時間も決めているのです」と答えた。

 僕はこの問答を聞いていて、違和感を持った。退社時間も食べる時間も決めているのは、分かる。西秋田では、***食堂と言っている。これは分かる。次に北府中市では、近くの牛丼屋と言っている。これも分かる。問題は昨年の五月九日だった。ここだけ、***ラーメン店で食事をして自宅に帰ったと言っている。同じところで食事をしているのなら、分かるのだが、日付とラーメン店の名前が記憶できるものだろうか。その日、そのラーメン店で何かあったのではないか。もちろん、何かあったとしても、アリバイには関係がない。

 その時、ひょうたんが震えた。僕は時間を止めた。

 あやめが「読み取りました」と言った。

「そしたら、映像を送れ」と言った。

「ここでいいですか」と訊くので、「いい」と答えた。

 クラクラするような感じで映像が溢れるように流れ込んできた。最初の衝撃を受け止めると、時間を動かし、僕は壁に手をついた。

 芦田勇は西秋田市で生まれ、そこで育った。芦田が八歳の時に両親が離婚して、芦田は父親に引き取られた。まもなく、芦田の父親は再婚した。再婚相手は二十八歳の女性だった。美しかったが、子持ちだった。四歳の男の子を連れていた。継母はその四歳の子どもだけを可愛がった。それから、父親の芦田勇に対する虐待が始まった。父親も連れ子の方を可愛がり、芦田は邪険に扱われた。

 そんな芦田は継母に対して、愛して欲しいという気持ちと憎しみが育っていった。

 ミラー越しに、上目遣いで話す芦田勇の悲しい少年期が頭の中を駆け巡っていた。

 中学に入った芦田勇は柔道部に入った。父の虐待から身を守るためだった。そして、一年が過ぎた頃、酒を飲んだ父がガラスの灰皿を振り上げた。それに対して、芦田は父親の胸元を掴んで、足払いをして畳に転がした。そして、父から取り上げた灰皿で、顔を殴りつけた。その時、叫び声を上げた継母の首を絞めた。義弟が止めに入らなければ、絞め殺していたところだろう。

 それ以来、父親の虐待はなくなった。むしろ、芦田勇を怖がっていた。

 芦田勇は、芦田家を支配したのだった。

 だが、芦田から消えない記憶が残った。継母を絞めた時の感触だった。苦しんで、涙を流して自分を見るその目が忘れられなかった。その時、芦田は勃起していた。それほど興奮していたのだ。継母を殺し損なったことだけが、心残りだった。時々、継母を絞殺する夢を見た。そんなときは、必ず夢精していた。

 だから、二十八歳から三十三歳ぐらいの女を見ると、絞め殺したくなる衝動に駆られた。それは心の奥に密かに沈み、育っていった。

 大学を卒業すると、地元の会社に就職した。それが十五年前だった。

 大学では、情報処理学科を専攻していたが、配属されたのは、経理課だった。そこで、経理のプログラムを組んだ。それからは、バグ取りなどをして過ごしていた。しかし、地元の会社は規模が大きくなかった。したがって、給料も良くはなかった。自宅からその地元の会社に通っていたが、自宅にいるのも煩わしかった。

 そんな時、四年前だった、南秋田駅中島明子を見かけたのは。中島は会社帰りだった。どことなく継母に似ていた。後をつけた。

 中島は携帯に夢中だった。何かのゲームをやっているようだった。当然、芦田がつけてくることなど知るよしもなかっただろう。

 芦田は間隔を空けてつけた。コンビニの前を通り、角を曲がり、また角を曲がった。そして、真っ直ぐ歩いて行き、もう一つのコンビニの前を通った。この先はコンビニはなかった。あるのは、万秋公園だった。

 中島は万秋公園に入って行った。芦田もその後を追った。中島はそのまま万秋公園を突き抜けた。途中、林のようなところがあるが、中島は平気で歩いていた。携帯のゲームに熱中していた。

 万秋公園を抜けると、住宅街に入った。その通りを真っ直ぐに歩いて行った。万秋公園から十分ほど歩いたところに、中島の自宅があった。両親と住んでいるようだった。

 時計を見た。午後八時十五分だった。

 南秋田駅から、三十分ぐらいだろうか。その中程に万秋公園があった。

 その日から、芦田は自宅から自転車に乗って、南秋田駅で午後七時半から、待ち伏せをした。