二-2
次の日、道場に行くと大騒ぎになった。
僕の周りを門弟が取り囲んだ。僕が動く度に驚くのは止めてもらいたいと思った、上野のパンダじゃあるまいし、と。
だが、それだけ僕の不在は大きかったのか、とも思った。
相川と佐々木が来たので、二月の選抜試験はどうだったと訊いた。
「無事、終えました」と相川が答えた。
門弟を見ると、半数が堤道場の者たちだった。前回の選抜試験も含めると、ほとんどのものが堤道場出身ということになる。しかも六曜に一度、相川と佐々木は堤道場に行っていたので、この道場は堤道場の別の場所にある道場といっても良かった。
「私がいない間、六曜の堤道場の稽古はどうしていた」と訊いたら、「先生がいない間は、堤道場には練習には行ってはいません。この道場のことを任されていたので、こちらにずっといました」
「そうか」
「それより先生はどこにいらしたのですか」
「雷に打たれたことは訊いたか」
「はい、おきくさんから聞きました」
「その後、どこかに飛ばされたのだが、意識を失っていた。その間の記憶もない。つい、昨日、記憶が戻った。それで帰ってきた」
「そういうこともあるんですね」
「これから堤道場に挨拶に行ってくる」
堤道場に行くとたえが門前を掃き掃除していた。
すぐに僕に気がつき「鏡様」と言って駆け寄ってきた。
「今までどこに行ってらしたの」と言った。
僕は答えられなかった。
門の中に入ると、肩に頭を付けてきた。
「探しましたよ」
「申し訳ない」
僕はたえのお腹が膨らんでいるのに気付いた。その方を見ていると、たえはお腹に手を当てて「子どもができました」と嬉しそうに言った。
「もちろん、鏡様のお子ですよ」
そうだろうな、と思った。
門を入ると、隣の空き地だった所で、稽古をしている門弟を多く見かけた。
空き地には、藁人形のようなものが沢山立っていて、門弟はそれに向かって斬りかかっていた。
僕がその様子を見ていると、たえが「隣の空き地を買いましたのよ」と言った。
「ゆくゆくは第二の道場を作るんだと父は張り切っています」
「門弟が増えたんですね」
「ええ、日替わりで来る門弟も含めると三百人を超えましたわ」
「そりゃ、凄い」
庭を通り、縁側から座敷に上がった。
「家老の屋敷の道場で選抜試験をするようになってから、門弟は増えました」
「そのようだな」
「だから、京太郎がこの道場を継いでいくのです」
「京太郎、って誰」
「この子に決まってるじゃあ、ありませんか」
「えっ、その子男の子だって、分かるの」
この時代にそんな技術あったかなぁ。
「そうに決まっているでしょ」
「それって、たえの思い込みだよね」
「思い込みではありません。そういうものなのです」
女だったら、どうするんだろう、って訊くのも怖いから、僕は黙っていた。確率は二分の一だから、確かに男の子が生まれて来る確率は低くない。
「あの日、男の子が授かるように祈っていました。だから、男の子でないはずがないのです」
ああ、そういうことね。否定も肯定もできない。こうなると、男の子であって欲しい、というか、そうでないと……。と思っているうちに、それ以前に、この時代に子どもを作っていいのか、という疑問が起こってきた。タイムパラドックスの問題は、どう処理されるんだと思ってしまう。
しかし、夢オチなんだから関係ないか……、とも言ってられないぞ。図書館の本の記載内容が変わった件はどう説明すればいいんだ。
僕がこの時代にタイムスリップした段階で、すでにタイムパラドックスは起きているんだ。つまり、この先は新しい歴史が始まっているんだ。
「父を呼んできますわ」
たえは道場の方に向かった。
しばらくして、堤竜之介が現れた。
「鏡殿、久しぶりでござる」
「ご無沙汰しています」と言ったが、たえのお腹の子の件があるから、緊張していた。
「たえに子どもができましてな」と堤は言った。
「そのようですね」
「鏡殿のお子と聞いています」
「はぁ」
僕は何も言えずにいた。
「その気があるならば、いつでも婿として迎えますよ」
たえは僕の方を見ている。
「こんなことになって、申し開きもできませんが、いつまでもこの地にいるわけにもいかず、婿になることはできません」
たえががっかりしている様子が明らかに分かった。
「そうですか」
堤はたえの方を見て、「この子もわかっていてのことでしょうから、私はこれ以上は申しません。ただ、気が変わったらいつでもおっしゃってください」と言った。
僕はただ頭を下げた。