小説「真理の微笑」

六十
 十二月二十七日になった。今日は、ハウスクリーニングがある日だった。
 十一時半に介護タクシーを呼んで、由香里のアパートに行った。
 由香里の部屋は一階だった。電話で二階と聞いたら、どこかレストランで会う事にしようと思っていた。由香里はお腹が大きかったので、松葉杖とタクシーの運転手に支えられて、由香里の部屋に入った。
 玄関から入るとすぐにダイニング&リビングルームだった。食卓の椅子に座った。
 沢山のごちそうがテーブルの上を飾っていた。私たちはサイダーで乾杯をした。
 取り皿を持って、「さぁ、食べましょう」という由香里に「ちょっと、待って」と私は言った。皿を置いた由香里は「食べたくないの」と心配そうな顔をした。
「そうじゃない」
 私はそう言うと、ジャケットの内ポケットから包装紙に包まれた細長い箱を取り出した。
「少し遅れたけれど、クリスマスプレゼント」と言って、その箱を由香里に渡した。
「なあに」と言いながら、箱を開いた由香里はエメラルドのネックレスを取り出して「うぁ~」と言った。そして、私に抱きつきキスをした。
 それからしげしげとネックレスを見て、「これ高かったでしょう」と言った。
 私は人差し指を一本立てて、中指を少し揺すった。そして「百三十万」と言った。
 はっきり値段を言った方が、こうした女は喜ぶ。
「すご~い。つけてもいい」
「つけてごらん」
 由香里は胸の前でネックレスの留め金を締め、くるっと回してエメラルドが胸のあたりに来るようにした。
「似合っているよ」
「そお」
 由香里は部屋の隅の鏡台に向かった。
「わ~」と言ったまま、しばらく自分の姿を見ていた。
「ありがとう、修さん」
「どういたしまして。子どもを産んでくれるんだ、安いものさ」
「そう思ってくれるの」
「ああ」
「子どもができたって言った時に、最初は堕ろせって言っていたのに……」
 私は由香里がいなければ頭を抱えていた。そんな事を富岡は由香里に言っていたのか。当然、知らなかった事だが、富岡なら言いそうな事ではあった。
「わたしはいやって言ったの。一人でも産むって言ったのよ。そしたら、あなたは勝手にしろ、って言ったわ」
 私は「覚えていない」と言った。
 由香里が私の目を見た。
「本当だ」
「都合の悪い事は忘れるのね」
「全く、覚えていないんだ」
「いいわ、許してあげる。だって、こんな素敵なプレゼントをくれたんだもの」
 由香里の部屋は質素だった。その部屋を見ていれば、富岡が由香里にお金を使っていない事が分かった。
 由香里はクラブやバーの女とは違っていた。可愛い顔立ちをしていたが、派手さはなかった。
 富岡は大したプレゼントも由香里にはしていなかったのだろう。だから、ダイヤに囲まれたエメラルドのネックレスは由香里にとって望外なプレゼントだったのだ。
「修さん」
 由香里は近寄ってきて、濃厚なキスをした。私はこの部屋を見て、少し由香里に同情した。その分、由香里を抱き締める手に力は入ったが、お腹の子の事は気遣った。舌を絡めてくる由香里を私は受け入れた。そして、大きくなっている胸を服の上から揉んだ。
「わたしね。あなたが車椅子生活になっても、事故前のあなたよりも事故後のあなたの方が好きよ。あなたは事故によって変わったわ」
 私は愛撫している手が一瞬、止まった。「わたしは今のあなたが好き」と言った由香里の言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。