僕が、警察官ですか? 1

十一
 それから十五分ほどして、山岡と他に二人の刑事が来た。
「失礼します」と言って、三人は須藤家のお茶の間に上がってきた。
 山岡が座敷に座ると、警察手帳を見せて、「わたしが西新宿署捜査一課の山岡賢次です」と言った。続いて、次の刑事が「わたしは同じく捜査一課の錦織龍彦です」と言い、最後の刑事が「同じく辰巳義雄です」と言った。
 須藤は「警察の方だということはわかりました。まぁまぁ、お楽にしてください」と言った。そして、「お峰、お茶を」と続けた。
 山岡は「お気遣いなく」と言った。
 僕はアルバムを彼らに向けて、「これを見てください」と言った。
 山岡は「盗難車に似ていますね」と言った。
「でも、ナンバーが読み取れないな。虫眼鏡が欲しいところだな」と言うと、「ルーペならありますよ」と言って、須藤が書斎から持ってきた。
 山岡は早速、それで写真を見た。
「ナンバーが微かに読める。先頭の文字は盗難車と同じだ」と言った。
 そして山岡は須藤に「これをお借りしてもいいですか」と訊いた。
「いいですよ」と須藤が言った。
 僕は「こちらはネガです」と言って、ネガのファイルを山岡に渡した。
「これもお借りします」と山岡は言った。
「どうぞ」と須藤は言った。
 山岡は手帳を破って、写真アルバム一冊、ネガファイル一つ、西新宿署捜査一課、山岡賢次と書いて、名刺と一緒に須藤に渡した。
 僕は「私は勤務外なので、たまたまここに立ち寄ったことにしてください。写真とネガを見付けたのは、山岡さんと錦織さんと辰巳さんということで、いいですね」と言った。
 山岡は笑った。
「欲のない人ですね。いいですよ。これらは、早速、鑑識に回します。では、わたしたちはこれで失礼します」と言って出て行った。
 奥さんが出したお茶には手を付けなかった。
「警察官なんてみんなあんなもんですから」と僕は須藤に言った。
「わたしの写真がお役に立てるなら、それはそれで結構なことです」と須藤は言った。
「役に立ちますよ。きっと」と僕は言った。
 須藤の撮った写真をいくつか見て、僕も須藤家を後にした。
 自転車に乗って家に帰った時は、午前十一半時だった。
「お昼はいらないから、眠らせてくれ。午後七時になったら起こしてくれ」と言った。

 午後七時に起きて、子どもたちと夕食をとった。
 子どもたちはもう風呂に入っていた。
 僕は夕食の後に入った。
 これから午前一時から午前九時までが勤務だった。
 風呂から出ると、一時間ほど仮眠を取った。午後十一時半になった。
 午前〇時に家を出た。西新宿署まで歩いて行った。
 私服から制服に着替えると、係官から指示と報告を受けた。
 須藤家に行ったことは何も言われなかった。
 そのまま千人町の交番に向かい、午前一時から勤務に就いた。
 午前二時から午前五時までパトロールをした。
 午前一時から午前九時まで交番勤務して、赤木巡査に引き継いだ。
 交番から西新宿署まで行き、係員に報告をし、制服から私服に着替えた。
 西新宿署を出たのは、午前十時少し前だった。家まで歩いている時に、携帯に電話がかかってきた。西新宿署捜査一課の山岡だった。
「鏡警部補ですか」
「はい」
「あの写真に写っていた車は、石井和義さんを拉致した車でした。鑑識でナンバーを確認しました。家宅捜索令状が出たので、これから鑑識と滝沢工業株式会社に向かいます。他のメンバーは、重要参考人の飯島明人と中本伸也と、そして興津友康を任意同行でひっぱって来る予定です」
「わざわざ、知らせてくれてありがとうございました」と僕は言った。
「写真を見付けてくれたことに比べれば、何て言うことありませんよ。では、失礼します」と言って電話は切れた。
 石井和義の件は、正しい方向に動き出した。僕はホッとした。

 家には午前十時半前に着いた。
 すぐに風呂に入ってパジャマを着た。
 きくには「午後三時までは眠る」と言って自室に入った。

 夜勤明けの次の日は非番で日曜日だった。父と母は、温泉旅行に行っていた。
 子どもたちが水族館に行きたいと言うので、品川にあるホテルに併設されている水族館に車で行った。
 どういう仕掛けになっているか分からないが、水槽に触れると、いろいろな模様が出てきて魚を包んだりするところもあった。ききょうと京一郎は、魚を追いかけては、手で水槽を触れていた。その度に黒い輪や花マークの輪が現れて、魚を包むように見えた。
 水族館の中にメリーゴーランドがあるのには驚いた。子どもたちは乗ってはしゃいでいた。きくも乗った。僕は柵の外から見ていた。
 それから、海中トンネルも通った。ドワーフソードフィッシュやナンヨウマンタが見れた。子どもたちは海の中にいるようだと言っていた。
 そして、イルカショーを見て、少し遅い昼食とデザートを食べて帰ってきた。
 途中で、寿司を買った。きくが夕食を作る負担を減らしたいのと、水族館に来たので、魚を食べてみたくなったのだ。通りがかりの回転寿司で、お好みで注文して、包んでもらった。

 家に帰って着替える時に「疲れたでしょう」ときくは言った。
「たまにはいいさ」と僕は言った。
 一時間ほど眠った後、子どもたちと風呂に入った。
「こんなんだったね」と京一郎が浴槽に頭から浸かって、水面に飛び出した。イルカの真似をしていたのだ。
「そうだな」
「わたしもやりたいな」とききょうが僕を見た。
 女の子はいけないと言われると思ったのだろう。
「一度だけなら目をつぶる」と言ったら、「わあー」と言って、勢い良く飛び込んだ。だから、浴槽の壁に頭をぶっつけた。
「もう一度やっていい」とききょうは言った。
「もう一度だけだぞ」と僕は応えた。
 ききょうは今度は躰を反らして、浴槽に沈んだ。そして、浴槽の壁にぶつからないように向こうの縁から飛び出した。
 上手くできたので、僕の方を向いた。
「上手だったぞ」と僕が言った。京一郎も手を叩いていた。
「何を騒いでいるんですか」と脱衣所にいたきくが言った。
 ききょうが振り向いて、唇に人差し指を立てて僕に見せた。僕は頷いた。
「何でもないよ。シャワーを浴びせたら、外に出すから待っていてくれ」と言った。
 京一郎からシャワーをかけて送り出し、次にききょうにもシャワーをかけた。
 二人がいなくなると、髭を剃って頭を洗った。最後に躰を洗って、浴槽に浸かった。
 それからシャワーを浴びて、バスタオルで躰を拭くと、バスローブで躰をくるんだ。
 ダイニングルームに行って、ビールを飲んだ。
 きくは「水族館って面白いですね」と言った。
「そうだな」
「メリーゴーランドがあるなんて驚きました」
「確かにな」
花やしき以来ですね(「僕が、剣道ですか? 3」参照)」
「そうか」
「ええ」
「今度、子どもたちも浅草に連れて行こうか。その時に花やしきに行くといい」
「変わっていないかしら」
「江戸時代ほど変わってはいないさ」
「お疲れになってはいませんか」ときくが訊いた。
「それほど疲れてはいないよ」と僕は答えた。
「じゃあ、夜は大丈夫ですね」ときくが言った。
「えっ」と思った。
 そっち。