2021-01-01から1年間の記事一覧
二十五 三月の面会時にも祐一を連れて行くと、高瀬は喜んだ。 高瀬と祐一だけで話しているうちに時間が来た。 夏美は二人に置いて行かれる気がした。 面会を終えて刑務所を出てくると、その高い塀を見て、「ここにお父さんは収監されているんだ」と、今更の…
二十四 夏美は毎日、ホームヘルパーの講習に通った。 そして一ヶ月後に修了証書を手にした。 夏美は、その修了証書を持って、十二月の高瀬との面会に臨んだ。 高瀬は面会室に入ってくると、「元気だったか」と訊いた。「元気よ」と夏美は答えた。そして、「…
二十三 秋を終え、畑仕事も一段落がついた頃、夏美は新聞に入っていた広告が目に入ってきた。その中でホームヘルパーに興味が湧いた。 高瀬隆一は、自動車事故により車椅子生活を余儀なくしている。刑期を終え、出所してきた時に高瀬に不自由な暮らしは、夏…
二十二 十月になった。 夏美は、結婚指輪と祐一の入学式の写真を差し入れていた。 この前、面会に来た時に、退室していく時の高瀬の左手の薬指に結婚指輪が光っていたように見えたからだった。 今まで面会時に高瀬とアクリル板越しに手を合わせたが、それは…
二十一 帰りの電車の中では、夏美は涙を流しているところを人に見られるのを隠すのに苦労した。 祐一を連れて来なくて良かったと思った。最初に面会した時は、嬉しさと弁護士がいた事でわからなかったが、こうして一人で高瀬に面会に来ると、会っているのに…
二十 一週間後、夏美は祐一を連れて、刑務所に午前八時半に着いた。高瀬隆一との面会手続きを取ろうとしたら断られた。 何故断られたのか理由を尋ねると、月二回の面会回数を超えるからだと言われた。誰か他に高瀬隆一に面会に来ている者がいるという事にな…
十九 警察から押収された品物が返却されてきた。 夏美は、それを二階の高瀬の自室となるところに収めた。 八月半ばになって、高瀬と面会できる事になった。弁護士事務所から連絡が来たのだった。 面会室のアクリル板越しに見る高瀬は、少し、いやだいぶ若返…
十八 六月になった。 判決が申し渡される事になった。「主文、被告人高瀬隆一を懲役八年の刑に処する。罪状、殺人及び死体遺棄罪、罰条、刑法第**条**項及び、刑法第**条**項。……」 主文が言い渡されると、報道陣は一斉に法廷を出ていった。 弁護側…
十七 傍聴席にいた夏美は、証人としてあけみが現れた時は、心穏やかではなかった。真理子の存在だけでも、いっぱいいっぱいのところにあけみが現れたからである。そして、あけみが「ここでそれを言えと言うの。男と女の事だからわかるでしょ」と言った時は、…
十六-2 三番目の証人は、あけみだった。 証人席に立つと弁護士から「お名前は」と訊かれたので、「あけみで~す」と答えたら、傍聴席から、微かに笑いの声が上がった。「源氏名はいいですから、本名を答えてください」「浅井さやかです」 人定質問が終わっ…
十六-1 十二月下旬になると、夏美は学校に行き、担任と相談をした結果、とにかく二月早々にある有名私立中学校と国立中学校を受験する事に決めた。 国立某中学校は、来月一月の中旬になってすぐの二日間のみ窓口受付を行い、有名私立中学校の方は、郵送であ…
十五-2 次に証人席に呼ばれたのは、富岡修の妻、真理子だった。真理子が傍聴席から立ち上がった時、ほう、という響めきが起こった。「証人の名前を言ってください」「富岡真理子です」 証人の人定質問が終わった後で、「証人と被告人との関係は」と弁護士が…
十五-1 第二回公判は十二月の中旬だった。祐一の業者テストが行われる時期と、学期末テストの時期に当たっていた。 しかし、公判を休むわけにはいかず、夏美は前と同じような席に座った。真理子も同じように座っていた。 第二回公判は、まず検察側の証拠の…
十四 九月になった。二学期になって、祐一は学校に行くのを嫌がった。大勢いる中で、一人だけなのが堪えられなかったのだ。祐一はせめて一学期だけは頑張って学校に通ったが、夏休みの間も誰も友達は来なかった。学校のプールに行く日も休んだ。 夏美は学校…
十三 夏美の実家から取材陣もいなくなり、ワイドショーにも富岡修の件が報じられなくなった六月のある日の事だった。 富岡修が高瀬隆一として詐欺罪で逮捕されたのである。 詐欺罪の逮捕は、明らかに別件逮捕であった。本丸は、高瀬隆一の富岡修殺しであった…
十二 新学期が始まった。高瀬祐一は、夏美に連れられて報道陣の囲みを破るように、学校に向かった。農道を歩いていて、近くに人がいなくなった時、祐一が「ねえ、お母さん、お父さんは悪い事をしたの」と訊いた。夏美は握っていた祐一の手をより強く握って「…
十一 週刊誌の続報は、「富岡修さんのDNAを追え」だった。やはりフリージャーナリストの近藤の記事だった。 近藤の論旨は単純だった。茅野の自動車事故で顔面がわからなくなるほど損傷を負った男がいて、その男が最新医療の技術で、車の所有者と同じ顔に…
十「夏美さぁ~ん」 干し物を取り込みに庭先に出てきた夏美に、遠くからマイクが向けられて中年の女性リポーターの声が響いた。「高瀬隆一さんが生きているかも知れないって知ってましたか」 夏美は答えずに洗濯物を取り込んだ。 居間に入ってテレビを付けれ…
九 三月、祐一の終業式も終わり、夏美は庭で洗濯物を干していた。 そこに三十代ぐらいのハーフコートを着た男性がやって来た。 頭をちょこんと下げて名刺を差し出してきた。そこには「フリージャーナリスト 近藤昭夫」と書かれていた。 名刺を受け取ってしま…
八 夏美は富岡修と紹介されている写真に見入った。見ていくうちに、何故か鳥肌が立った。記事を読んでいくと、富岡修も昨年、七月に自動車事故を起こして数ヶ月入院していた事が書かれていた。ただ、どこで事故を起こしたのか、そしてそれが七月の何日である…
七 一ヶ月ほどして、また島崎と高橋はやってきた。預かっていた物を返しに来たのだった。段ボールに詰められている中身を一つ一つ確認して預かり書の受領欄にサインをすると、島崎が「何も言わないで帰るのも失礼ですから、事情だけは説明します。先月、奥さ…
六 十月の上旬だった。夏美の実家に茅野の警察署の刑事が二人訪れた。 二人は、島崎と高橋と警察手帳を見せて名乗った。 島崎の野太い声から、いつか電話で話をした刑事だと夏美にはわかった。 二人を座敷に通すと、挨拶もそこそこに夏美はすぐに「主人は見…
五-三 七月には夏美に郵便書留で大きめの硬い材質の封筒が送られてきた。住所も名前も電話番号もでたらめだったが、封筒の裏の隅に「Ryu」と書かれていたので、高瀬からのものだとわかった。 開けて見ると、A四版の白紙の紙の束の間に五百万円もの大金が入…
五-一 十二月の中頃、夏美の元へ高瀬から分厚い封筒で三百万円の現金が送られてきた。『隆一様 素敵なクリスマスプレゼントありがとう。三百万円、確かに受け取りました。あなたの書かれた住所も電話番号も、名前のようにでたらめでしたね。電話をかけたけ…
四-四 夏美は、高瀬から電話や手紙、メールがあった時から何もしていないわけではなかった。高瀬の手紙には「怪我をして、ある病院に入院している」と書かれていた。 夏美はまず茅野にある病院全てに電話をして、高瀬隆一が入院していないか、確認した。し…
四-三『隆一様 わたし、考えたの、居場所を教えられない理由を。女の人ができたんじゃないの。きっと、綺麗な人なんでしょう。その人に夢中なのよね。でもね、それでもいいから、わたしの事も忘れないでね。きっとよ。 夏美』『夏美へ 誓って言うが、女が原…
四-一『隆一様 メモ通りに設定しました。わたしには難しくて、よくわからないところもありましたが、何とか終える事ができました。このメールが無事届くといいですね。 今、わたしたちは埼玉のわたしの実家にいます。祐一は転校してきたばかりで、まだ友達…
三 午後七時頃、電話があった。父が出ると、その電話は切れてしまった。夕食の用意をしていた夏美は、父が出る前に受話器を取ろうとしたが、またも父が出てしまい電話は切れた。父が食卓の方に来たので、夏美は電話機の前で待っていると、三度目の電話が鳴っ…
二-2 午前八時半過ぎに電話が鳴った。夏美は洗濯をしていた。電話には母が出たが、すぐ切れたようだった。また電話が鳴り、母が出るとまた切れた。 夏美はもしや高瀬からの電話かも知れないと思って、洗濯の手を止めて居間に行くと、今度は父が電話に出て…
二-1 二ヶ月と十日ほど経とうとしていた頃だったろうか、午後四時頃に突然、居間の電話が鳴った。 夏美は庭にいて洗濯物を取り込んでいた。 夏美は洗濯物を縁側に置くと、居間に駆け上がり、受話器を取り上げた。高瀬からの電話だと思ったのだ。「もしもし…