2021-01-01から1年間の記事一覧
二十三-2 きくの袖を掴むと、きくは震えていた。 きくの腕をとって階段を上がっていった。 侍たちは二人を残して、残りは仲間を呼びに行った。 墓の前に来て、きくは「恐ろしゅうございました」と言った。 そして「あなた様は怖くはないのですか」と訊いた…
二十三-1 朝餉の後は、家老はすぐに城に戻っていった。 僕は島田源太郎に、きくを連れて町に出てもいいか、尋ねた。「昨日の父の話を気にしているのか」と訊かれた。「そういう訳ではありません」と答えたが、家老の嫡男だけあって、なかなか鋭いなと思っ…
二十二-2 庭に出て真剣で素振りをした。 切っ先が空間を切っていく感じが心地良かった。 正眼の構えから下段に切っ先を落とし、下から切り上げてみた。どの切り方をしても相手には僕の剣は見えないだろう。と言って、わざと剣をゆっくり動かしても、本気で…
二十二-1 道場は活気づいていた。百人を二組に分けて、一日置きに五十人ずつが道場に稽古に来ていた。 選抜試験をしたためか、緊張感があった。 彼らは素振りの練習をしていた。場所がないため、同じ位置にいての打ち下ろしだった。 僕は、一度、練習を止…
二十一ー3 子どもは六歳になる男の子だった。僕はたえが渡してくれた手ぬぐいで躰を拭き、着物を着た。そして、川の側の石の上に座った。さすがに疲れていた。 子どもの母親は意外に若かった。十六の時に子どもを産んだと言うから、まだ二十二歳だった。「…
二十一-2 町中を歩いていると、僕とたえは目立った。 僕は百七十八センチでこの時代では背のかなり高い方で、たえも百六十センチを少し超えているぐらいで、モデルのような体形をしている上に、この時代の背の高い男性と変わらない高さだったからだ。そん…
二十一ー1 二週間ほどが経った。十五の日が来た。道場が休みの日だった。 僕は一人で町に出た。 堤道場がどうなっているのか、見てみたいと思ったのだった。 道場の近くに来ると、中から稽古をしている音が聞こえてきた。門の所に立っていると、たえが来た…
二十 次の日、道場に行くと、勝ち残った百十七人が揃って待っていた。 僕は神棚に一礼をして、その下に座った。「これから言うことをよく聞いてくれ。選抜試験は、今回一回きりではない。三ヶ月に一回行う。次からは今、道場にいる者も試験を受けてもらう。…
十九-2 その時だった。「待ってください」と言うたえの声が玄関から聞こえて来た。しかし、その声は「ああ」と言う押し倒されたような声に変わった。 間もなく、玄関を上る音がして、襖が開かれた。「客人が来ている。控えてもらおう」 堤はそう言った。「…
十九-1 次の日も選抜試験は、朝早くから始まっていた。今日で一通りの対戦は終わる。それでも百十七人が残る。 明日は道場は休みの日だから、明後日はその百十七人が戦う。それでもその日に入門者は決まらない。翌日、もう一度戦って、ようやく入門者が決…
十八 朝餉の後に道場に行くと、もう人が集まっていた。 僕が道場に入ると「選抜試験はまだですか」と質問された。「今しばらく、待て」 一番年長の者を呼び、「何人ぐらい集まっている」と訊いた。「二百人ぐらい集まっています」「昨日の倍じゃないか」「選…
十七 祝宴が始まる前に風呂に入った。そして、祝宴に着て行く着物をきくに着せてもらった。 まもなく祝宴が始まった。 僕が最後に入っていき、家老の嫡男、島田源太郎の隣に座らされた。その時には盛大な拍手とかけ声が沸き起こった。 きくはその声と拍手の…
十六 早朝だった。 昨夜もきくとは交わらなかった。ただ、抱いて眠りはした。 きくはまだ眠っていた。起こさないように、きくから離れた。 立ち上がると躰が軽い。 毒の影響はすっかり無くなっていた。 障子を開けて廊下に出ると、まだ月は低く浮かんでいた…
十五 前の晩はきくと口づけをしただけで眠った。 きくを抱けるほど躰は回復していたわけではなかった。 しかし、朝起きると、自分で半身を起こせるだけでなく、まだ少しふらついてはいたが、立ち上がることもできるようになっていた。 きくがそんな僕を見て…
十四 きくと二人だけになるとホッとした。 横になろうとした時に股間がもごもごするので、手を当ててみた。おむつをしていた。 三日三晩、意識を失っていたのだから、下の世話は大変だったろうと思った。「済まなかったね」と呟いていた。「何ですの」ときく…
十三「先生」と看護師が言った。「どうした」「血圧がどんどん低下しています」「何」 医師は聴診器を僕の胸に当てた。そして「血液、採取」と叫んだ。 看護師は血液を採取する道具を取りに病室から出て行った。 その間に医師が「面会人は病室から出て行って…
十二 あの老人の言うように躰を動かすことができなくなったわけではなかったが、動きが緩慢になったのは事実だった。何としても催眠術を解かなくてはならなかった。 このままでは戦えなかった。 僕は、とにかく身を隠す場所を探した。 庖厨に出たので、その…
十一 荒れ寺が遠くに見えてきた。 先発隊が偵察に行ってきたところ、連中は起きてきたばかりのようで、全員かどうかは分からないが、ほとんどの者が寺の中にいるらしいということだった。 ここからは静かに近寄っていかなければならなかった。 もう少し近寄…
十 夕餉の時に、明日の盗賊討伐の話を島田源太郎にした。 早朝出発することも伝えた。「わかった。大変だろうが、くれぐれも頼み申す」と頭を下げられた。「失敗はしません」と答えた。何の勝算もあるわけではなかった。 その夜は激しかった。きくが声を上げ…
九-2 僕は部屋に戻ると寝転んだ。 一人で敵の根城に乗り込むのは、正直言って怖かった。しかし、仲間が入り込んできてしまえば、間違えて切りつけてしまうかも知れない、それを恐れたのだった。自分一人なら、相手はみんな敵ということになる。存分に戦える…
九-1 討伐隊の面々を道場に集めた。「不満かも知れないが、この討伐にあたっては私が指揮を執る」 佐竹から聞いていたらしく、一同は頷いた。「では、これから明日の作戦会議を開く」 僕は懐から寺の見取り図を出して広げた。「見取り図が見られるように、…
八 朝が来た。 目が覚めると、枕元に彼女がいた。よく見ると、可愛かった。だが、まだ十四歳だった。十四歳の女の子を抱いてしまったのだ。「お目覚めですか」「ああ、おはよう」と言うと「おはようございます」と返してきた。「今日も、いい天気ですね」と…
七 朝餉の後、庭で木刀を振るっていると、迎えの若い者が来て、道場に連れられていった。僕はすっかり道場主の待遇だった。昨日は三十人ばかりだったのが、今日は増えて、倍の人数に膨れ上がっていた。当然、道場には全員入って座ることができなかった。十人…
六-2 これで準備ができた。彼らは木刀で打ちかかってきたに過ぎない。そして、打ち負かされた。これでは実戦を経験したとは言えない。「もう一度だ。今度はさっきより強く打つ。痛いだろうが、それが実戦だ。本気でかかってこい。殺気というものの前に立っ…
六-1「どうなんです」 僕の母が医師に訊いた。「脳のMRIを取ったが、どこにも異常が見られません。自発的に呼吸もしています。どうして意識が回復しないのか、わかりません」 医師はそう答えた。 僕は家老屋敷では、客人扱いを受けていた。することがな…
五 僕は全身、血しぶきを浴びていた。盗賊たちがいなくなると持っていた刀を放り捨てた。 籠の戸が開き、「重ね重ね、ありがとうございました」と中の女性が礼を言った。 戸が閉まると、籠は持ち上げられ、動き出した。 僕は「あそこに倒れている仲間はどう…
四 籠に近寄ると、「私の屋敷まで来ていただけませんか」と中の女性が言った。 僕は考えた。この身なりだ。江戸時代のどこかなのだろうが、まるで分からない。 このままでは、どうにもならない。「お言葉に甘えさせていただきます」と答えた。武士の言葉とは…
三 僕が落ちたのは、白樺の林の中で、すぐ下の方から怒声が聞こえていた。 誰かの籠を盗賊が囲んでいる感じだった。 付き添いの者は女中二人、侍四人いたのだが、腰が引けていて全く役に立ちそうになかった。籠の中にいるのは女性だろう。 盗賊は八人。勝ち…
二 しかし結局、富樫の説得に負けて、「これっきりだぞ」と言って、試合に出るはめになってしまった。 翌日、試合があるというのに、とある剣豪の夢を見た。明日、タイムスリップするとは到底思わなかった僕は、次の試合の興奮が躰を包んでいるかのようだっ…
僕が、剣道ですか? 麻土 翔 一 二月、滑り止めの私立高校の受験に失敗した僕は、都立高校の試験が最後の希望だった。内申書の成績が悪い僕は、当日の学力考査が全てだった。 だが、二月下旬に行われた試験日には、僕はひどい風邪に見舞われていた。咳が止ま…