小説「僕が、警察官ですか? 4」

二十

 定時になったので、鞄を取って安全防犯対策課を出た。

 家に向かっていつものように歩いていた。

 すると、ズボンのポケットのひょうたんが震えた。

「どうした」と僕は言った。

「誰か主様をつけてきています。邪念を持っています」と言った。

「そうか、ありがとう」と言った。

 つけられているのは、分かっていた。今は五人ほどだろう。僕は人通りの少ない道を選んで歩いた。もう少し先に行けば公園がある。つけてきているものは十二人に増えた。

 公園に入っていった。向こう側にも十人ほど人が待っていた。

 公園内は、一般の人はいなかった。奴らが追い出したか、入れなかったからだろう。

 僕は公園の広場で二十二人に囲まれた。

「道を空けろ」と僕は言った。

 奴らはゲラゲラと笑った。

「悪いことは言わない。素直に道を空けろ」と言った。

「鏡京介だな」

「呼び捨てにされる覚えはないぞ。様を付けろ、様を」と言った。

「お前のことは知っている。剣道の達人だってな」と一人が言った。

「そうだ。だから、引いた方が身のためだぞ」と言った。

「剣道で強くても、喧嘩に強いかな」と別の奴が言った。

「どっちも強いよ。試してみるか」と僕は言った。

 相手は武器を出してきた。ナイフを持っている者が十四人。鉄パイプを持っている者が五人。チェーンを持っているのが一人。鉄バットを持っているのが二人だった。

「やれ」と誰かが言った。その瞬間に時を止めた。

 僕は、ハンカチを出して、鉄パイプを持っている奴から鉄パイプをもぎ取った。ハンカチを巻いた鉄パイプを剣を持つように持って、まず鉄パイプを持っていた男の両足の骨を打って折り、それから両腕の骨も折った。その隣の男はナイフを持っていた。その腕を鉄パイプで折り、もう片方の手も鉄パイプで折った。それから、両足の骨も折った。こうして、二十二人の両腕と両足の骨を折った。それから、胸を強く打って気絶させた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。これで全部か」と訊いた。

「いいえ、もう一人います」と言った。

「どこだ」

「公園の外です。車に乗っています」と言った。

 歩いて来た方には車は見当たらなかったから、向こう側なのだろう。

 僕は歩いて公園の外に出た。車が止まっていた。中に男が乗っていた。こちらを見ていた。

「あやめ。こいつか」

「そうです」

 僕は車に近付いて、ドアに手をかけた。ロックはされていなかった。車のドアは開いた。運転席に座っていた男を引きずり出して、公園まで連れて行った。

 そこで両手、両足の骨を折った。そして、ハンカチを鉄パイプから解くと、鉄パイプを遠くに放った。

「あやめ。こいつの頭の中を読め」と言った。

「わかりました」と答えた。

 しばらくして、男の意識が流れてきた。

 男は北村守男、三十歳だった。島村勇二に僕を襲うように言われていた。

 時を動かした。

「いてえ」と情けない声で北村は言った。北村の懐を探って携帯を取り出した。

「痛いだろうな。両手、両足の骨を折られているんだからな」と僕は言った。

「お前、鏡か」と言った。

「呼び捨てにするな。様を付けろ、様を」と言った。

 するとすぐに「鏡様ですか」と言い直した。強い奴には媚びへつらう奴だった。

「そうだ。ちゃんと言えるじゃないか」と僕は言った。

「島村勇二に電話をしろ」と続けた。

「できません」と北村は言った。

「するんだ」と言って、折れた足を捻った。

「うぉー」と呻いた。

「できるよな」ともう一度言った。

「します」と言った。

 北村に携帯を渡した。北村は携帯で島村勇二に電話をした。

 電話が繋がった。

「北村です」と言った時に、僕は彼から携帯を取り上げた。

「やったか」と言う島村の声が聞こえてきた。

「やったよ」と言った。

「そうか、やったか……」と言いかけて、島村勇二は黙った。

「お前は誰だ。まさか……」と島村は言った。

「そのまさかだよ」と僕は言った。

「たった二十二人送り込んできて、私を倒せるとでも思ったのか」と続けた。

「くそっ」と言って、電話は切れた。島村とはもう少し話したかったが、仕方がなかった。

 北村に携帯を渡して、「救急車を呼べ。その後はなんとかするんだな」と言った。

 それから「警察官を襲った罪は見逃してやるよ。その代わり、何もしゃべるなよ。しゃべったら、警察官を襲った罪を背負うことになるからな。そんなことになったら、どんな目に遭うか、分かっているだろう」と続けた。

「わかっています」

「そうだ。それでいい。仲間にもそのことは徹底させるんだぞ」と言った。

「はい」と北村は言った。

「じゃあ、救急車を呼べ。私は家に帰る」と言って、彼の元を離れた。

 

 僕は何事もなかったかのように公園を出た。そして、家に向かって歩いた。途中でサイレンを鳴らして、公園の方に向かう救急車に出会った。

 一台じゃあ、乗り切らないだろうな、と思った。

 

 家に着いた。きくが出迎えてくれた。

「少し遅かったですね。何かありましたか」と訊いた。

「いいや、何もない。ちょっと署を出る時間が遅くなっただけだ」と答えた。

「そうですか、それならいいんですけれど」ときくは言った。

「今日、ききょうは普通に帰ってきたか」ときくに訊いた。

「ええ、いつも通りでした。何も変わったふうはありませんでしたよ」と答えた。

「そうか、それならいい」

 

 僕は着替えると、着て来たスーツを「これ、クリーニングに出しておいてくれ」ときくに言って、すぐに風呂に入った。

 髭を剃り、頭と躰を洗って浴槽に浸かった。

 久しぶりに躰を動かしたので、お湯が気持ち良かった。

 島村勇二が追い込まれていることは事実だった。これだけ矢継ぎ早に襲ってくることがそれを示していた。

 焦っているのだろう。

 次は何を仕掛けてくるのかは、予想もつかなかったが、接近戦なら何人でも相手にできる。こっちは、時を止められるんだから、怖いことはなかった。

 考えてみたが、思いつかなかったので、風呂から出た。

 それよりも明日の実況検分の方が気になった。なにしろ、時を止めることで、ききょうを救い出せたのだから、状況に説明が付かないことが起きていることは事実だった。それをどこまで、ごまかせるかが課題だった。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十九

 署長室に入っていくと、副署長も来ていた。

 署長は「まぁまぁ、そこに座りたまえ」とソファを指さした。

「失礼します」と言ってソファに座った。

「昨日は、大変だったね。それに大活躍だったじゃないか」と署長はご機嫌だった。悟堂の家が黒金署の管轄にあったから、誘拐犯の逮捕は、黒金署の手柄になっていた。ただ、誘拐されたのは、西新宿署管内だったから、取調は互いにということになったらしい。

「それでお嬢さんは元気にしているのかな」と署長は訊いた。

「はい。元気にしています。今日も学校に行きました」と答えた。

「そうか、元気にしているか。それは良かった」と言った。

 副署長は「どんな様子だったのか、詳しく話してくれないか」と言った。

 またか、と思った。

 仕方がないから、昨日あったことを、時を止めたことだけは省いて、大まかに話した。

「そうか、仲間を使って、仲間を呼び出したのか」と副署長は言った。

「そうでもしなければ、一網打尽にできないでしょう」と僕は言った。

「それはそうだな」と署長が言った。

「でも大胆にやっつけたものだな」と副署長が言った。

「別に大胆にやっつけた訳じゃあありませんよ。こっちは必死でしたから」と僕は言った。

「それはそうだな」と署長は言った。

「今度の誘拐を命令したのは、島村勇二ですよ。彼にこの件で逮捕状は出せないんですか」と訊いた。

「今、連中を取り調べている。そのうち、この件でも島村勇二に逮捕状は出せるだろう」と副署長は言った。

 署長と副署長とは、それから三十分ほど話して解放された。

 

 安全防犯対策課に戻ってくると、ホッとした。

「何でした」と緑川が訊いた。

「昨日の件を話せと言われて、話してきましたよ」と答えた。

 島村勇二を捕まえなければ、どうしようもないな、と思って、一昨日、やり残していた残り八十件のチェックをした。

 二十件は飲み屋や料理屋やレストランだった。

 出ない所は、全部で百四十六件だった。

 それらをパソコンで打ち込み、プリントアウトした。

「滝岡。電話番号から、相手を調べられるか」と訊いた。

 滝岡は「駄目ですね。電話会社にハッキングしても相手までは調べられません。もともとハッキングは違法ですけれどね。令状を取って、正規に要求しないと教えてもらえませんよ」と言った。

「そうか」

 せっかく百四十六件まで絞り込んだが、これが限界かと思った。

 その時、品川署の交通課の岸田信子の顔が浮かんできた。ダメ元で頼んでみるか、と思った。

 品川署に電話した。オペレーターが出た。

「黒金署の安全防犯対策課の鏡です。交通課の岸田信子さんをお願いします」と言った。

「ちょっとお待ちください」と言って、エリーゼのためにベートーヴェンが一八一〇年四月二十七日に作曲したピアノ曲)が流れてきた。

「替わりました。岸田です」

「鏡です。島村勇二の電話の連絡先が知りたいんです。そちらでは、捜査一課が凉城恵子の轢き逃げの件で島村勇二に逮捕状を出していますよね。電話番号のリストがあるので、そちらで、このリストを調べてもらえませんか」と言った。

「リストを送ってもらえますか。捜査一課の知合いに訊いてみます」と言った。

「ファックスナンバーを教えてください」

「******です」

「では、今から送ります。一旦電話は切りますね」

「そうしたら、わたしの携帯に電話してください」

「分かりました」

「番号は******です」

「では、ファックスしたら、こちらも携帯から電話します」と言って、電話を切った。

 百四十六件の電話番号をプリントアウトした物に表題を書き込んで、岸田信子が教えてくれたファックス番号にファックスした。

 全部ファックスし終わったら、岸田信子の携帯に電話した。

「岸田さんですか」

「はい」

「今送りました」

「届きました」

「それを捜査一課の人に見せて、電話番号の相手を調べてもらえるように頼んでみてください」

「できるかどうかはわかりませんが、やれるだけのことはやってみます」

「お願いします。これで失礼します」と言って電話を切った。

 とにかく、今できることはした。

 やれるだけのことはやったという実感はあった。

 

 時計を見ると、もうすぐ正午だった。

 鞄から愛妻弁当と水筒を持って、屋上のベンチに向かった。

 今日はハンバーグをハートマークに型押して焼いたものが載っていた。ソースもハートマークでかかっていた。

 おかずは里芋の煮物にカニサラダだった。

 

 昼食を終えると、安全防犯対策課に戻った。

 その時、取調室から電話がかかってきた。僕に来て欲しいと言うのだ。

 僕は取調室に行った。ミラー越しに井上康夫がデスクの前に座っていた。

「奴がどうしてやられたのか、わからないって言っているんですよ」と刑事の一人が言った。

「奴は台所で確かパンを食べていましたよ。気付かれないように近づいて、後ろから首筋にスタンガンを当てたのです。だから、分からないのも当然ですよ」と言った。

「なるほど、そういうことですか」

「ききょうを誘拐したことは認めているんでしょう」

「ええ」

「それじゃあ、問題ないじゃないですか」

「そうなんですけれどね。奴だけじゃなくて、他の六人もどうしてやられたのか、わからないって言っているんです」

「だから、それは奴らが持っていたスタンガンを使ったからです。私はスタンガンを見つけると、奴らに見つからないように近付いて、スタンガンで気絶させたんです」

「明日、現場検証をするので立ち会ってもらえますか」

「いいですよ。でも、ききょうは駄目ですよ」

「それは構いません。ききょうさんの役は誰かにさせますから」と言った。

 現場検証は黒金署がやるようだった。

 黒金署としても、久しぶりに大きな事件を扱うことになったのだ。

 僕は安全防犯対策課に戻った。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十八

 家に帰ると、学校に電話をして、無事に家に戻ってきたことを副校長に伝えた。

 副校長は「大事に至らずに良かったですね」と言った。

「ええ、そうですね」と僕は応えた。

 それで電話を切った。

 

 きくに「ききょうは風呂に入れさせろ」と言った。

「あなたは」と訊くので、「ちょっと出かけてくる」と言って、納戸に入り、ショルダーバッグの中に入れておいた皮手袋を取り出し、竹刀ケースを持って家を出た。

 新宿駅から北世田谷駅まで乗った。島村勇二の家は世田谷区****にある。そこに行くためだった。

 駅で降りると、島村勇二の家に向かって歩いた。

 途中から時を止めた。人に見られたくなかったのと、防犯カメラに写りたくなかったからだった。

 島村勇二の家に着いた。門札を確認した。ちょっとした邸宅だった。庭も広々としていた。

 皮手袋を嵌め、門を乗り越え、窓に向かった。防弾ガラスだった。竹刀ケースから定国を取り出した。窓の鉤近くのガラスを定国で切った。柔らかな飴でも切るかのように簡単に切れた。三角に切って、錠を外して窓を開けた。

 警備会社と契約をしているだろうから、窓を開ければ、当然警報は鳴るはずだが、時が止まっているので、何も鳴らなかった。

 台所には、島村勇二の妻がいた。その目の前で、食器棚からワイングラスを取り出して、テーブルに並べた。

 それから二階に上がっていった。

 中学生の娘と息子がいた。

 彼らは携帯で対戦式のゲームをしていた。机の上のマジックペンで二人の顔に大きな二重丸を書いた。

 それが終わると、島村の家を出た。北世田谷駅に着いた時に、時を動かした。

 今、島村家は大変な騒ぎになっているだろう。

 僕は電車に乗って新宿駅で降りた。そこで公衆電話を探して、島村勇二の携帯にかけた。

 島村はすぐに出た。

「鏡か」と訊いた。

「そうだ」と答えた。

「お前がやったのか」と言った。

「他に誰がやるというのだ」と言った。

「今度こんなことをしたら」と島村が言ったので、それを遮って、「そう、ただじゃおかない。これはほんのお遊びでの仕返しだが、本気になったら、この程度では済まないぞ」と言った。

「ふざけた真似をしやがって」と島村は言った。

「それはこっちのセリフだ。いいか、狙うなら、私を狙え。今度、家族に手を出したら、お前の家族はこの世にいないものと思え」と言った。

「わかった。今度はお前を狙うよ。絶対、外さない方法でな」と島村は言って電話を切った。

 

 僕は家に歩いて帰ると、納戸を開けて、皮手袋をショルダーバッグにしまい、竹刀ケースを元の所に置いた。

 午後七時だった。

「ききょうは落ち着いてきているようです」と言った後、「京一郎も風呂に入りました。夕食にしますか」ときくは言った。

「いや、先に風呂に入る」と僕は言った。

 

 風呂から出てくるとダイニングテーブルに夕食のおかずが並んでいた。

 ききょうはいつもと同じ顔をしていた。トラウマにならなければいいがなと思ったが、こればかりはしょうがなかった。

「いただきます」とみんなが言った。

 僕は箸を取って、魚の煮付けを取って皿に運んだ。

 ききょうが気丈に振る舞っているだけに、子供だましの仕返しをしたが、島村は許せなかった。

 ただ、子供だましの仕返しだったが、島村の家族は驚いたことだろう。突然、顔にマジックペンで二重丸が書かれたり、ダイニングテーブルにワイングラスが並んだのだから、気味が悪いに違いない。

 警備会社の警報も役には立たなかった。

 こちらがその気になれば、何でもできることは分かっただろう。だから、間接的にだが、家族を島村から守ることはできたと思った。

 だが、奴のことだ。今度は僕を狙ってくるだろう。それでいい。僕を狙ってくれば、それだけ島村を見つけやすくなる。

 

 次の日のテレビは、警察官の娘の少女が誘拐され、それを父親が救い出したというニュースがトップだった。

 新聞の一面もそれだった。

 テレビを消して朝食をとった。

 食べ終わると、ききょうもいつもと変わらず学校に行く用意をしていた。

「今日は休んでもいいのよ」ときくが言うと、「平気。だって、パパが助けに来てくれるんだもの」とききょうは言った。強がりに聞こえたが、強がりだけじゃないと思うと、目頭が熱くなった。

「そうだな。パパはいつでも助けに行くからな」と言った。

「うん」とききょうは言った。

「じゃあ、行ってきまーす」と京一郎と一緒に玄関を出て行った。きくは見送りに行った。

 きくは戻ってくると「ききょうは気丈ですね」と言った。

「そうだな」

「あなたに似たんですね、きっと」と言った。

「そうか。きくに似たんじゃないのか」と僕は言い返した。

「まさか」ときくは笑った。

「俺も出かけなければならない時間だ」と僕は言った。

「そうですね」

 僕は寝室に入って、着替えた。机からひょうたんを出して鞄の中に入れた。

 きくが弁当と水筒を持ってきてくれたので、それも鞄の中に入れた。

 きくの見送りで家を出た。

 

 黒金署に着くと、安全防犯対策課に行った。

 緑川が「おはようございます」と言った後、「昨日は大変でしたね」と言った。

 やっぱり、その話題か、と思った。メンバーの顔がみんな僕を見ていた。

「まあ、心配はしたけれどね。何とか助けられたから、良かったよ」と言った。

「どうやって、お嬢さんが連れていかれた所がわかったんですか」と滝岡が訊いた。

「もともと、奴らのたまり場になっていた家を知っていたんだよ」と答えた。

「へぇー、課長はさらった奴らのことを知っていたのか」と滝岡は言った。

「ああ、見当はついていた」と答えた。

「相手は七人でしたよね。どうやってやっつけたんですか」と鈴木が訊いた。

「ここは取調室か。仕事をしろ」と僕は怒鳴った。

 そこに品川署から電話がかかってきた。岸田信子からだった。

「ニュースを見て、びっくりしました。大丈夫でしたか」と言った。

「ご心配をかけましたが、大丈夫です」と答えた。

「そうですか。それならいいんですが」と心配そうに言った。

「本当に大丈夫ですから。それより高橋丈治は落ち着きましたか」と訊いた。

 高橋丈治は一命は取り留めたが、留置場内で首吊りをしたのだった。

「ええ、落ち着いています。今は素直に罪を認めているようです」と言った。

「そうなんですか」と僕は驚いた。

「首吊りをしたことで腹が決まったんだと思います」と岸田信子は言った。

「そういうもんなんですね」と僕は言った。

「あのう、誘拐の件では、お嬢さんは心に傷を負っていると思うんです。気を遣ってあげてください」と岸田信子は言った。

「そうですね。心しておきます」

「忙しいところを失礼しました。大丈夫そうだと聞いて安心しました。これで失礼します」と言って電話は切れた。

 その電話が切れるのを待っていたように、緑川が「署長がお呼びです」と言った。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十七

 ききょうが寄ってきた。

「そうだ。学校に電話をしなくちゃ」と僕は言った。

 自分の携帯で学校に電話をした。

 副校長が出た。

「北園小学校、副校長の前川です」と言った。

「鏡京介です。やっと主犯格を捕まえました。警察に言ってもいいですよ」と言った。

「ききょうちゃんの声を聞かせてもらえますか」

「待っててください」と僕は言って、携帯をききょうに渡しながら、「副校長先生がききょうの声が聞きたいんだって」と言った。

「副校長先生」とききょうは言った。

 副校長は何か言ったようだ。

「うん、大丈夫です。少し怖かったけれど、パパが助けに来てくれたから、それからは怖くはなかったです」と言った。

 担任に替わったようだ。

「ええ、怖くはありませんでした。パパが助けに来てくれたからです」と言った。

 そう言ってから、ききょうは携帯を僕に差し出してきた。

「警察の人がお話ししたいんだって」と言った。

「分かった」と言って、携帯を取った。

「替わりました。鏡京介です」と言った。

「西新宿署の中西です。鏡さんですか」

「はい」

「今、どこにいますか」

「黒金町北三丁目****にある悟堂の家です」と言った。

「わかりました。すぐに向かいますから、お待ちください」と言った。

 ききょうが「ママにもう一度、電話をしたい」と言った。

「分かった。ママも心配しているだろうから、電話をしよう」と言って、僕はきくに電話をした。きくはすぐに出た。

「きくか」

「はい」

「私だ。警察には連絡した。もうすぐ来る」

「わたしも行きましょうか」

「そうだな。来てもらった方がいいかもしれない。メモはあるか」

「はい」

「これから住所を言うから書くんだぞ」

「わかりました」

「黒金町北三丁目****だ。タクシーで来い」

「そうします」

「ききょうに替わるぞ」

 ききょうが携帯を取った。

「ママー」と言って泣き出した。

 きくが何か言っているようだった。ききょうは、「うん」「うん」と返事をしていた。

 最後に「早く来てね」と言って電話を切った。

 ききょうは携帯を僕に渡した。

 

 そうしているうちに警察が来た。

 何人かが、靴にビニール袋を被せて、ズカズカと入り込んできた。

 僕はききょうを抱いていた。

 女性の鑑識員が「あなたが鏡京介警部ですか」と訊いた。

「ええ」

「抱っこされているのが、誘拐されたお嬢さんですね」と女性の鑑識員が言った。

「はい」

「お名前はききょうさんですね」と女性の鑑識員が言った。

「そうです」

 もう一人の男性の鑑識員が「あそこから入られたんですか」と訊いた。

「はい」

「七人も倒されたんですね」と驚いたように言った。

「一度にではありませんよ。最初は四人でしたから、簡単に倒せました。倒した後は、あいつらが持っていたスタンガンで気絶させて、後ろ手にあいつらの持っていたガムテープで縛ったんです」と言った。

「後の三人はどうされたんですか」

「そこにいる悟堂に呼び出させたんです」と言った。

「最初からいたわけじゃないんですか」と男性の鑑識員は言った。

「いや、後から合流するつもりだったんです。だから、最初からいたのと同じですよ」

「そうですか」

「そして、そこにいる鷹岡伸也が今回の主犯格です。他の六人に私の娘を誘拐させたのは、そいつです。そして、それを指示したのは、今逃亡中の島村勇二です」と言った。

 鑑識は写真を撮っていた。

 ききょうの写真も撮った。

 女性の鑑識員が「何か変なことはされなかった」と訊いた。

 ききょうは首を左右に振った。

「ききょうちゃんに様子を訊きたいので、鏡警部は離れていてもらえますか」と女性の鑑識員が言った。

「分かりました」と言って、僕は居間から出た。

 ききょうが不安そうな目で見ていた。

「安心していいよ。遠くには行かないから」と言った。

 家の外に出ると、タクシーが止まるところだった。中から、きくが降りてきた。

「きく」と声をかけると、きくは抱きついてきた。

「ききょうは大丈夫なんですか」と訊いた。

「ああ、大丈夫だ」と答えた。

「ききょうに会いたいんですけれど」ときくは言った。

「訊いてみるよ」と僕は言った。

「母親が来たので、ききょうに会わせたいんですが、いいですか」と中に声をかけた。

 女性の鑑識員が「靴にビニール袋を被せて入ってきてください」と言った。

 側にいた鑑識員がゴムの付いたビニール袋を二つ渡してくれた。きくはそれを受け取るとローヒールに被せて玄関から中に入った。

 

 午後二時半を過ぎていた。お腹が空いていた。お昼を食べていないことに気が付いた。

 鞄は居間にあった。鑑識の人に鞄を取ってもらった。

 庭の隅に行った。

 塀に背をつけて、立ったまま弁当を食べた。そしてお茶を飲んだ。

 学校から携帯に電話が来た。

 今度は校長からだった。

「校長の今泉です」

「鏡です」

「この度は大変な目に遭われましたね」

「ええ」

「ききょうさんはどうしていますか」

「元気ですよ。今、警察の尋問を受けていると思います」

「そばにいないんですか」

「ええ、少し離れた所にいます」

「そうですか」

 しばらく沈黙があって、「お嬢さんがご無事で何よりでした。では、失礼します」と言って電話は切れた。

 それから三十分ほどして、きくとききょうが家から出て来た。

 尋問していた警察官が頭を下げた。

「ご協力、ありがとうございました」と言った。

 

 家の外に出ると、疲れがどっと押し寄せてきた。

 通りがかったタクシーを止めると、家の住所を言った。

 三人でタクシーに乗ると、タクシーは走り出した。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十六

 ききょうの所に行った。目隠しを外した。

「パパ」とききょうは言った。

「もう、心配しなくていいからね」と言った。

 後ろ手に縛っていた鈴蘭テープをカッターナイフで切った。

 ききょうは抱きついてきた。

「怖かった。でも、パパがきっと助けに来てくれると思っていたの」と言った。

「そうか。こうして助けに来たよ」と言った。

「ききょうはね、防犯ブザーを鳴らそうとしたのよ。でも、その前に手を押さえられて、車の中に連れ込まれたの」と言った。

 そうしているうちに、玄関のブザーが鳴った。時を止めた。

 ドアを開けると、村田靖史と相沢公夫がいた。

 二人を玄関内に入れると、靴を脱がせて、一人ずつ居間まで引きずっていった。そして、二人とも後ろ手にガムテープで縛って、スタンガンを首筋に当てて眠らせた。

 ききょうの前に行って、時を動かした。

 ききょうは、首を傾げて周りを見回した。

「あれ、二人増えている。いつ増えたの」と言った。

「つい、さっきだよ」と言った。

 きくに電話をするのを忘れていた。

 携帯をかけるとすぐにきくが出た。

「ききょうは助けたよ」と僕が言うと、きくは泣き出した。しばらく泣いて、「ききょうの声を聞かせてください」と言った。

 僕は携帯をききょうに渡した。

「ママ。ききょうだよ」と言った。

 きくが何か言ったのだろう。

「うん。大丈夫。パパもいるし」とききょうは応えた。

 僕が替わって欲しいというように手を出した。

 ききょうは頷いて「パパに替わるね」と言った。

「警察に連絡するのは、待ってくれ。こっちからするから」と言った。

「わかりました」

「ききょうは僕が連れて帰るから心配しないでくれ」と言った。

「はい」

「じゃあ、切るよ」

 携帯をしまった。

「これからどうするの」とききょうは聞いた。

「もう一人来るのを待つんだ」と言った。

「もう一人来るの」

「ああ」

「怖い人?」

「そうだね」

「早く帰りたい」

「今日は、そうはいかないよ。警察の人からいろいろ訊かれるからね」と言った。

 学校にも連絡するのを忘れていた。

 きくがしているかも知れなかったが、僕がした方が確実だと思った。

 学校に電話をすると、副校長が出た。

「北園小学校、副校長の前川です」と言った。

「鏡京介です」と言った。

「ああ、鏡さんですか。お嬢さんが誘拐されて、今警察も来ているんですよ」と言った。

 まずいなぁ、と思った。今、警察に来られては鷹岡をみすみす逃してしまう。

「副校長。頼みがあるんですけれど」と言った。

「何でしょう」

「これから言うことは、もう一度電話するまで、黙っていてもらえますか」

「どういうことですか」

「黙っていると約束してください」

「わかりました」

「実は娘はもう助け出しているんです。私が抱き締めています」

「それは良かった」

「でも、犯人が全員揃っていないんです。もう一人、後一時間ほどしたら来るはずなんです。それまで、娘を助け出したことを黙っていて欲しいんです。そうしないと主犯格を取り逃してしまうので」と言った。

「ききょうさんが助けられたことを黙っているんですか」と副校長は言った。

「そうしてください。お願いします。そうでないと、また誘拐される恐れがあるんです」と言った。

「わかりました。でも、いつまでですか」と副校長は言った。

「もう一度電話をかけますから、それまでです」と言った。

「早くしてくださいね」

「そうします」と言って、携帯を切った。

 ききょうが「副校長先生にお電話したの」と訊いた。

「ああ、した」と答えた。

「何て言っていた」

「警察の人が来ているんだって」

「そうなの」

「それで、警察の人に何て言えばいいのか、困っていた」と言った。

「わたしを助けたことを黙っていて欲しいって言ったんでしょう」

「そう」

「それじゃあ、副校長先生、困っていたでしょうね」とききょうは言った。

「そう、困っていた」

 

 それから一時間ほど待った。外に車の音がして、まもなく玄関のブザーが鳴った。

「椅子の陰に隠れて、目をつぶっているんだ」とききょうに言って、ききょうがそうしたら、時を止めた。

 玄関のドアを開けた。鷹岡伸也が煙草を吹かして、立っていた。

 その煙草を口から取り出して玄関の外に捨てると、靴でもみ消した。今まで靴を履いたままだったのだ。

 それから、鷹岡伸也を玄関の中に引きずり込むと居間まで引っ張っていった。

 鷹岡伸也の両手を後ろ手にガムテープで縛ると、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「こいつの頭の中を読んでくれ」とあやめに言った。

 あやめは「はーい」と返事をした。

 しばらくして「読み取りました」と言ってきた。

 そして意識が送られてきた。

『全く、どうすりゃいいんだよ。島村さんに電話したら、娘を殺せ、なんて言うし、困っちゃうよな』

 僕はスタンガンで鷹岡伸也を眠らせると、ポケットを探って、携帯を取り出した。電話の履歴に島村勇二が出ていた。

 時を動かした。そして、島村勇二に電話をした。

 島村が出た。

「やったのか」と島村は言った。

「やられたのさ」と僕は答えた。

「お前は誰だ」と島村は言った。

「鏡京介だよ」と言った。

「何だと」と島村は言った。

「お宅の住所は世田谷区****だったよな。やられたら、やり返す。今度、公衆電話からお前に電話がかかってきたら必ず出ろよ。そうでないと、本当にひどい目に遭わせるからな。とにかく、次はないぞ。お前の家族を大切にしろよ」と言った。

「まるでヤクザのようなことを言うんだな」と島村は言った。

「倉持喜一郎に警告されただろう。私はただの警官じゃない。その気になれば簡単にお前以上の鬼になれる」と言った。

「知ったふうなことを言うな」と島村は言った。

「それはそのうち分かるさ。とにかく、どこに逃げても捕まえるからな」と言った。

 向こうから携帯を切った。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十五

 高島研三が起こした警察官発砲の事件では、島村勇二は殺人教唆が問われ、実刑二年の刑が言い渡されている。ということは、その捜査資料が西新宿署にあるということだった。島村勇二の逃亡先が、その捜査資料から分からないものかと思いついた。

 思いつくとじっとはしていられなくなった。

 緑川に「ちょっと、西新宿署まで行ってくる」と言って、鞄を持って安全防犯対策課を出た。

 西新宿署の犯罪資料課に行って、高島研三が起こした警察官発砲の事件の資料を取り出してもらった。犯罪資料課も地下にあった。未解決事件捜査課の隣だった。

 隅のデスクに資料箱を持って行って、蓋を開けた。

 その中から、島村勇二の携帯の履歴が載っているファイルを捜した。高島研三の携帯履歴のファイルと一緒のファイルに綴じられていた。

 三十二ページに及ぶファイルを携帯で写真に撮った。一ページが六十行だったから、千九百二十もの履歴を写真に撮ったことになる。重複しているものも多いだろうから、絞り込むのは、そう難しくはなさそうだった。

 もっと、時間がかかるかと思って鞄を持って来たが、西新宿署を出て、黒金署に戻った時には、お昼だった。

 そのまま屋上に上がり、隅のベンチに座った。

 

 昼食を済ますと、安全防犯対策課に戻った。

 携帯を取り出し、撮ってきた写真を拡大してプリントアウトした。

 重複している電話は重要なものなのだろう。それらの電話番号を抜き出していった。

 抜き出した電話番号は二百四十八になった。

 それらに片っ端から電話をしていった。

 午後五時までに百六十八件電話ができた。

 出ない所がほとんどだった。出た所は、バーや料理屋やレストランが多かった。いくつかの会社も出たので、メモしておいた。

 残り八十件は明日するつもりだった。

 退署時刻になっていたので、安全防犯対策課を出て家に帰った。

 

 家に帰ると、今日の午後は電話をかけ続けていたので躰を動かしたくなった。

 納戸から竹刀ケースを取り出して、定国を掴んだ。そして、屋上に上がった。

 定国を鞘から抜いて、素振りをした。そんな時、こちらの建物を見ている奴を見付けた。素振りを止めて、そいつを見た。向こうも気付いたらしくて、逃げ出そうとしたので、時を止めた。

 定国を竹刀ケースに戻して、鞄からひょうたんを出して、ズボンのポケットに入れた。

 玄関を出て、逃げ出そうとした男の所に行った。

 ひょうたんを叩いて、あやめに「こいつの頭の中を読み出せ」と言った。

「はーい」とあやめは言った。

 しばらくして意識が送られてきた。

 もうクラクラすることはなくなった。

 男は中沢喜一、二十六歳だった。

『ここが鏡京介の家か。デカいな。押し入るには、難しいな。がきでも誘拐するか』と考えていた。

 誰に頼まれたのかを読み出すと、鷹岡伸也だった。知らない奴だが、鷹岡は島村勇二に頼まれたのだろう。

 中沢の仲間は、井上康夫、武下紀夫、悟堂清、村田靖史、相沢公夫の五人だった。中沢喜一を入れると六人だった。彼らの家の住所はみんな黒金町だった。鷹岡伸也の家もそうだった。

 子どもをさらったら、悟堂清の家に連れて行くつもりだった。悟堂清の家は一人住まいで2LDKと広かった。悟堂の家がこいつらのたまり場になっていた。悟堂の家は、黒金町北三丁目****にあった。

 それと中沢喜一の携帯を取り出して、井上康夫、武下紀夫、悟堂清、村田靖史、相沢公夫と鷹岡伸也の携帯番号を覚えた。もちろん、中沢喜一のも覚えた。

 携帯を戻して、僕は家に戻り、時を動かした。

 中沢喜一はどこかに逃げて行った。

 

 風呂に入った。

『がきでも誘拐するか』というのが気になった。鷹岡伸也が島村勇二に、僕の家に押し入るか、子どもを誘拐しろと指示されているのだとしたら、近いうちに行動を起こすだろう。

 悟堂清の家は分かっているから、そこに仲間を呼び寄せて、先に潰してしまうのも手だが、警察官である以上、先に手を出すのはまずい。しかし、何かをやったら、ただでは済まさない覚悟はあった。

 

 次の日、安全防犯対策課に行く途中で、携帯に家から電話がかかってきた。

「どうした」

 きくがおろおろした声で「ききょうが登校中に、黒いバンで連れ去られたという知らせが友達からあったんです」と言った。

「分かった。すぐ帰る」と言って電話を切った。

 安全防犯対策課に電話をした。緑川が出た。

「子どもが誘拐された。だから、今日は休む」と言って電話を切った。

 そして、時を止めた。

 中沢たちの仕業だと思った。そうだとすれば、悟堂の家に連れ込まれた可能性が高い。悟堂の家は黒金町北三丁目****だった。歩いて行ける所にあった。

 時を止めたまま悟堂の家まで来た。悟堂の家は平屋で一軒家だった。

 時を止めたまま、門の中に入って、家をぐるりと回った。窓にはカーテンが引かれていた。しかし、隙間があった。縁側に上って、その隙間から中を覗いた。ききょうが居間で、目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。

 僕は躊躇なく窓硝子を割った。そして、サッシの鍵を開けると、中に入った。

 悟堂清の他に中沢喜一、井上康夫、武下紀夫がいた。

 悟堂清は別の部屋で携帯をかけていた。井上康夫は台所でパンを食べていた。

 中沢喜一と武下紀夫が見張り役として、ききょうの側にいた。

 周りを見回した。カッターナイフにガムテープがあった。それにスタンガンもあった。

 ガムテープを取ると、まず、台所にいる井上康夫を居間にまで引きずってきて後ろ手にガムテープで縛った。次に中沢喜一と武下紀夫もガムテープで後ろ手に縛った。そして、その三人にはスタンガンで眠らせた。

 悟堂清はこちらを見ていなかった。カッターナイフを持って、悟堂清の所に行き、携帯で誰にかけているかを見た。村田靖史だった。時を動かした。

「それでさぁ」と言ったところで、異変に気付いたのだろう。こちらを見た。首筋にカッターナイフを当てて、耳元で「声を出すな」と言った。

 携帯からは村田靖史が「どうしたんだよ」と言った。悟堂に「何でもないと言え。そして、こっちに来いと呼び出せ」と言った。

 悟堂の首筋にカッターナイフを押しつけた。引けば動脈が切れる。

「何でもない」

「何かあったと思ったぜ」

「子どもが騒いだんだ」

「そうか。大人しくさせておけよ」

「早く、こっちに来いよ」

「わかった。すぐ行く」と言って携帯は切れた。

 僕は悟堂に「相沢公夫も呼び出すんだ」と言った。

「わかりましたよ」と言って、携帯で相沢に電話をした。

 僕は耳を携帯に押し当てて、相手の声を聞いていた。

「清か。何だよ」と相沢は言った。

「鏡の娘を誘拐した」と悟堂は言った。

「本当か」

「ああ」

「じゃあ。すぐ行く」と言った。

「待っている」と悟堂が言って携帯を切った。

「鷹岡伸也も呼び出せ」と僕は言った。

「鷹岡さんは無理ですよ。俺たちとは違うんだから」と悟堂は言った。

「それは分かっている。でも、呼び出せ。これからどうしたらいいのか分からないから、来てください、って言うんだ。そう言えば必ず来る」と僕は言った。

 悟堂は渋々鷹岡の所に電話をした。

「何だ。こんな朝から」と鷹岡は言った。もう午前十時半を過ぎていた。

「鏡の娘を誘拐してきたんです」と悟堂は言った。

「本当か」

「はい。でも、これからどうしたらいいのか、わからないんですよ」と悟堂は言った。

 鷹岡は笑って「お前たちでは荷が重いかな」と言った。

「そうなんですよ。来てくれませんか」と悟堂が言った。

「わかった。お前の所にいるんだな」

「そうです」

「じゃあ、これから行くから待ってろ」と言った。

 携帯が切れると僕は時を止めた。そして、悟堂を後ろ手にガムテープで縛ると、居間に引きずっていった。そして、スタンガンで眠らせた。

 それから、時を動かした。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十四

 家に帰ると、きくが「怖かったです」と言った。

「そうだよな。突然、あんな車がこの通りに入り込んできたら、誰でも怖くなるものさ」と僕は言った。

「でも変なんですよ。パトカーを呼んだら、あの車に乗っていた二人は、二人とも大怪我を負っていて、まるで動けなくなっていたんです。だから、救急車が来て、二人を乗せて行きました」と言った。

「そういうのを天罰って言うんだ」と僕は言った。

「それにしても、どうやってあの怪我でここまで運転して来れたんでしょうか」と訊かれた。

「ここまで運転してきて、怪我に遭ったんじゃないのか」と言うと、「そうでしょうか。そんな時間はありませんでしたよ」ときくが言った時に、顔色が変わった。

「あなたなんですか。あれをやったのは」ときくが訊いた。

「だから、天罰だと言っただろう」と答えた。

「わたしが電話をした時に、時を止めたんですね。そうなんですね」ときくは言って、自分で納得した。

「もう、その話はやめよう」と僕は言った。

「わかりました」ときくは応えた。

 

「これから風呂に入る」と言った。

「ビールのおつまみを作っておきますね」ときくは言った。

「そうしてくれ」

 僕は風呂場で、髭を剃り、頭と躰を洗って、浴槽に入った。

 自然に島村勇二のことを考えてしまう。西森に島村勇二の自宅を訊いたのは、単なる興味ではなく、もし、自宅にいればそこに行って、あやめを使ってその頭の中を読み取って来るんだがな、と思ったからだった。だが、車で逃げているとすれば、自宅には戻ってはいないだろう。当然、自宅にも警察官は張り付いているのに違いないのだから。

 自宅が駄目なら……、と思っていると、ふと島村勇二の携帯番号は分からないかと思った。島村勇二に直接関係している人物には二人会っている。高橋丈治と高台宗男だ。その頭の中をあやめに読み取らせた。その記憶の中に島村勇二の携帯番号が入っているんじゃないかと思った。僕は映像を再生させた。高橋丈治と高台宗男の意識から、島村勇二の携帯番号はすぐに分かった。だが、ただかけても無駄だろう。島村勇二が心を許している者からかける必要があった。そうでなければ、出ないだろう。

 

 風呂から上がって、ビールを飲んだ。

 薄めに切ったキュウリに塩辛が載っていた。その上に梅肉が少し添えられていた。キュウリに塩辛というのは、ちょっとと思っていたが、食べてみると美味しい。それに梅肉が程好く効いている。

「美味しいよ」と言った。

「そう。良かったですわ」ときくが応えた。

 そうしていると、子どもたちがプリントを持ってきた。

 きくはそれを受け取ると、「後で見て返すからね」と言って、寝室の化粧台に持っていった。

「じゃあ、お風呂じゃんけんね」とききょうが言った。

「今日も負けないぞ」と京一郎が言った。

「じゃんけん、ぽん」

 ききょうがチョキを出して、京一郎がパーを出した。ききょうの勝ちだった。

「じゃあ、わたしが先ね」とききょうは自分の部屋に着替えを取りに行った。

「出たら、教えてよ」と京一郎が言うと、部屋の中から「わかってるわよ」とききょうが言った。

 たわいもないことだったが、僕はこれが幸せというものかと思った。

 

 次の日の朝のニュースは、トップで品川署の留置場で高橋丈治被疑者が首を吊っているのを見回りに来た警察官に発見され、幸い、発見が早くて高橋丈治被疑者の命に別状はないということが流れた。

 これには僕もショックを受けた。

 高橋丈治はそこまで追い詰められていたのか、と思った。

 留置場の中は何もすることがない。島村勇二のことをしゃべってしまったことだけが頭を駆け巡っていたのだろう。島村勇二は執念深い。高橋丈治が自分のことをしゃべったことは決して忘れないだろう。そして、高橋丈治は島村勇二の報復を恐れて、心が折れ、死を選んだのだ。死なずに済んだのが、幸いだった。

 こうなると、一刻も早く、島村勇二を見つけ出し、その手に手錠をかけなければならなかった。

 今は品川署と西新宿署だけが動いている。しかし、島村勇二はもっと遠い所に潜んでいるかもしれなかった。できることなら、全国指名手配になって欲しかった。

 

 黒金署の安全防犯対策課に行った。

 品川署の岸田信子から電話がかかってきた。

「おはようございます。岸田です。鏡課長ですね」

「そうです」

「ご存じだと思いますが、高橋丈治が首を吊ろうとしました」

「そのようですね」

「幸いにも発見が早くて、死なせずに済みましたが、失態でした」

「それをわざわざ知らせてくれたのですか」

「いえ、そちらにも何かがあったと聞きましたので、お電話をしました」

「家の前にバキュームカーが来たんです。危うく、し尿をまかれるところでした」

「やはり、そんなことがあったんですか。それでどうなりましたか」

「何も起きてはいません。運転して来た者と助手がどういう訳か、大怪我を負って、救急車で病院に運ばれて行っただけです」

「不思議なこともあるものですね」

「ええ、世の中は不思議なことだらけです。バキュームカーを寄こした会社にクレームを言いに行きました」

「それでどうなりました」

バキュームカーを寄こした会社というのは、墨田区にあるし尿処理業者の高台清掃業有限会社なんですが、そこの高台宗男社長に昨日会いに行きました」

「…………」

「本人は口にはしませんでしたが、島村勇二から命じられたのでしょうね」

「そうなんですか」

「島村勇二を早く捕まえてください」と僕は言った。岸田信子に言っても仕方ないことだと分かってはいたが、言わずにはいられなかった。

「そうできるように努力します」

「お電話はあなたのご厚意ですね。高橋丈治が首を吊ろうとしたことで私が気にしていると思ってのことでしょう。それと私の家にも何かあったと聞いて……」

「あのう、……それは」

「分かっています。ありがたく、お電話いただいたことを受けておきます」

「…………」

「とにかく私は大丈夫です。ご心配して頂いてありがとうございます」

「そうですか。では、わたしはこれで」と岸田信子が電話を切ろうとしたから、慌てて「また、何かありましたら、お電話ください。私もお電話をしますから」と言ってから電話を切った。

 公務の電話ではなかった。岸田信子からの私的な電話だった。気にしてもらって、ありがたいと思った。